公事宿

公事宿（くじやど）とは

公事宿とは、江戸時代に、公事訴訟や裁判のために地方から江戸や城下町にやってきた人々が宿泊した宿屋のことです。公事人宿、出入宿、郷宿、御用宿などとも呼ばれました。

公事宿の種類と特徴

公事宿という名称は主に江戸の宿屋で使われ、地方では「郷宿」と呼ばれることが多かったようです。これらを総称して「御用宿」と呼ぶこともありました。江戸の公事宿はさらに、旅人宿と百姓宿に分けられ、それぞれが独自の役割を担っていました。

旅人宿：主に町奉行所と関係が深く、馬喰町や小伝馬町にありました。
百姓宿：公事方勘定奉行所や馬喰町御用屋敷と関係が深く、それぞれの役所の近くに建てられていました。

大坂では、大坂町奉行所の御用を勤めた御用宿を「用達」と呼んでいました。これらの宿は、それぞれが仲間組織を形成し、独占的な営業権を与えられていました。

公事宿の構造とサービス

喜多川守貞の『守貞漫稿』によると、江戸の公事宿は1泊2食付きでしたが、部屋食はできず、朝夕の決まった時間に食堂で食事をすることになっていました。また、風呂がない宿がほとんどで、宿泊者は近くの銭湯へ通っていました。京都や大坂の公事宿に比べると、外見やサービスは劣っていたようです。宿賃は公定248文でしたが、追加料金を払ってもサービスが向上することはなかったとされています。

公事宿の役割と業務

公事宿は、単なる宿泊施設としてだけでなく、様々な役割を担っていました。

書類作成・手続き代行：役所に提出する願書、証文、訴状などの作成や清書、手続きの代行を行いました。
弁護人的役割：訴訟に関する相談に乗ったり、アドバイスをしたりするなど、弁護士のような役割も果たしました。
公式文書の通達：御用状、触書、差紙などの公式文書を町村へ伝達しました。
未決囚の宿預かり：手鎖をかけられた未決囚を一時的に預かることもありました。
訴訟人の監視：幕府は、逗留する訴訟人の監視を公事宿に担わせ、無断外出の禁止や、宿泊を偽って別の場所に身を寄せることを禁止しました。

腰掛との関係

公事訴訟に関わる施設として、公事宿の他に「腰掛」がありました。腰掛は奉行所に召喚された者の控え所で、茶屋を営み、審理を待つ訴訟人や公事宿の主人に湯茶などを提供しました。腰掛も営業株があり、奉行所の雑用や、訴訟人の呼び込み、差紙の伝達なども担当しました。

公事費用の負担

公事宿に滞在中の公事費用は、公事方御定書に定められていました。村の責任で訴訟が行われる場合は村の負担、個人の場合は個人の負担となりました。個人の負担能力がない場合は、親類や五人組が負担することもありました。

公事宿の重要性

公事宿は、当時の訴訟制度において、重要な役割を担っていました。農民が遠方から江戸や城下町にやってきて訴訟を行う際、宿泊場所を提供するだけでなく、手続きの代行やアドバイスなど、様々なサポートを行いました。公事宿は、農民が安心して訴訟に臨むことができるよう、重要な役割を果たしていました。

参考文献

『江戸の訴訟』 高橋敏著 岩波新書
『江戸幕府大事典』 大石学編 吉川弘文館
『国史大辞典』4巻　吉川弘文館

関連項目

公事師
『はんなり菊太郎』 - NHK総合放送の時代劇ドラマ。江戸時代後期の公事宿が舞台。

もう一度検索