凍えるヴィーナス

『凍えるヴィーナス』は、フランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1614年に描いた油彩画であり、『凍えるウェヌス』や『バッカスとケレスがいないとヴィーナスは凍えてしまう』とも呼ばれています。この作品は、縦145.1センチメートル、横185.6センチメートルの板に描かれており、現在アントワープ王立美術館に所蔵されています。

この絵画の主題は、古代ローマの喜劇作家プビリウス・テレンティウス・アフェルの格言「バッカスとケレスがいないとヴィーナスは凍えてしまう」に基づいています。これは、愛を象徴するヴィーナスも、酒と食物、すなわち豊穣と快楽がなければ、その情熱は冷めてしまうという寓意を表現しています。

ルーベンスは、ヴィーナスのポーズと、1613年頃に描かれた『ヴィーナスとケレスとバッカス』に登場するケレスの姿を、古代ローマの彫刻作品『うずくまるヴィーナス』の模刻から着想を得ています。この模刻は、ルーベンスがイタリアのゴンザーガ家の収集品の中で目にしたものです。

絵画の中央には、寒さで身を縮こませたヴィーナスが描かれています。彼女の表情はぼんやりとしており、寒さに耐えかねている様子が伝わってきます。ヴィーナスの傍らには、キューピッドもまた寒さに震え、ヴィーナスの腰布を身体に巻きつけて暖を取ろうとしています。しかし、その腰布は薄く、キューピッドの頭部が透けて見えるほどです。キューピッドの矢と弓は地面に放置されており、その活力を失っているかのようです。

絵画の奥には、サテュロスが果物と穀物で満たされたコルヌコピアを手に忍び寄る姿が描かれています。彼は、ヴィーナスとキューピッドを驚かせようとしている様子で、この場面にユーモラスな要素を加えています。この絵画は、元々はヴィーナス、キューピッド、そしてサテュロスに焦点を当てた構図でしたが、後年、おそらく18世紀頃にキャンバスが継ぎ足され、風景が描き加えられました。

この作品は、ルーベンスの豊かな表現力と、古典的なモチーフを巧みに取り入れた構成が見る者を魅了します。愛の女神ヴィーナスでさえ、物質的な豊かさなしにはその力を発揮できないという、人間の欲求と愛の関係性を風刺的に表現しています。ルーベンスの卓越した筆致と、寓意的な内容が組み合わさったこの作品は、バロック美術の傑作として、今日でも多くの人々を惹きつけています。

参考文献

• - クリスティン・ローゼ・ベルキン 著、高橋裕子 訳『リュベンス』岩波書店〈岩波世界の美術〉、2003年6月。ISBN 978-4-00-008972-2。
• - 青柳正規ほか『ヴィーナス 豊饒なる愛と美の女神』集英社〈ART GALLERY テーマで見る世界の名画〉、2017年9月。ISBN 978-4-08-157071-3。

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