前期 (細胞分裂)

前期 (Prophase) とは

前期（Prophase）は、真核細胞が自らの遺伝物質を複製・分配して二つの娘細胞を形成するプロセスである有糸分裂（mitosis）において、最初期に位置する重要な段階です。その名称は、古代ギリシャ語の「前の（πρό）」と「段階（φάσις）」に由来しており、まさに細胞が本格的な分裂作業に入る前の、準備が進行する時期であることを示しています。

染色体の形成と凝縮

前期に起こる最も劇的な変化は、細胞核内に存在する遺伝物質であるクロマチンの構造が大きく変化することです。細胞周期の間期において、DNAはヒストンなどのタンパク質と結合して複雑なクロマチン繊維を形成しており、核内に拡散した状態で見られます。しかし、前期に入ると、このクロマチン繊維は非常に密に折り畳まれ、コイル状に巻き付くことで、光学顕微鏡下でも識別可能な棒状あるいはX字型の構造体へと劇的に凝縮します。このプロセスは「クロマチン凝縮」と呼ばれ、特にコンデンシンと呼ばれるタンパク質複合体が中心的な役割を担います。

間期にDNA複製が完了しているため、前期の各染色体は、セントロメアと呼ばれる領域で連結された、全く同一な2つのコピー（姉妹染色分体）から構成されています。この強固な結合は、後続の段階で染色体が正確に分離されるために極めて重要です。また、この時期に凝縮した染色体は、特定の染色法、例えばギムザ染色を用いることで、その形態や内部の特定のバンドパターンを観察することが可能になります。

核小体の消失

クロマチン凝縮とほぼ同時に、細胞核内に存在する小さな構造体である核小体が消失します。核小体は主にリボソームRNA（rRNA）の合成やリボソームの構築が行われる場所ですが、分裂期に入るとこれらの活動は一時的に停止し、核小体もその構造を維持できなくなります。これは、細胞が遺伝情報の読み出しやタンパク質合成よりも、染色体の分配という緊急性の高いプロセスに細胞内のリソースを集中させていることを示しています。

中心体の移動と紡錘体の準備

有糸分裂において、染色体を物理的に引っ張り分ける役割を担うのが紡錘体と呼ばれる構造です。この紡錘体の形成には、動物細胞における中心体が重要な役割を果たします。間期に複製されて2つになっている中心体は、前期の開始とともに互いに離れ始めます。各中心体は、ガンマチューブリンなどのタンパク質を周囲に集め、微小管を形成する能力（微小管核形成能）を高めます。そして、ダイニンやキネシンといった分子モーターの働きにより、細胞核を挟むようにして互いに反対方向（細胞の両極）へと移動していきます。この移動の過程で、中心体から伸びる微小管が、後の紡錘体の主要な構成要素となります。

前期と前中期の違い

前期は、細胞核を囲む核膜がまだ intact（無傷）な状態であるという点で、次の段階である前中期（Prometaphase）とは明確に区別されます。前期では、核内で染色体が準備され、細胞質側で中心体の移動が進みます。核膜が崩壊し、核の内容物（凝縮した染色体を含む）が細胞質に放出され、中心体から伸びた微小管が染色体に結合できるようになるのは、前期が終わり、前中期の段階に入ってからの出来事です。

前期は、複製された遺伝情報を娘細胞に正確に分配するための、入念かつダイナミックな準備期間です。クロマチンを凝縮させて扱いやすい染色体にし、核小体を消失させて代謝を一時停止させ、そして中心体を両極へ移動させて紡錘体形成の基盤を築くことで、細胞は次の重要なステップである染色体の配置と分離へと移行するための土台を固めるのです。

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