荻生徂徠

荻生徂徠：江戸時代中期を代表する儒[[学者]]

荻生徂徠（おぎゅうそらい、1666年3月21日-1728年2月28日）は、江戸時代中期における儒[[学者]]、思想家、そして文献学者として名を馳せた人物です。名は双松（なべまつ）、字は茂卿（しげのり）、通称を惣右衛門（そうえもん）としました。徂徠（そらい）と号し、蘐園（けんえん）という号も用いました。「徂徠」は『詩経』の「徂徠之松」に由来し、「茂卿」と同様に松に関連する名であるとされています。本姓は物部氏で、「物徂徠」や「物茂卿」といった号も用いていました。

父は5代将軍徳川綱吉の侍医であった荻生景明、弟は8代将軍徳川吉宗の侍医として活躍し、明律研究で知られた荻生北渓です。

朱子学批判と古文辞学の確立

徂徠は、当時主流であった朱子学や伊藤仁斎の仁斎学を鋭く批判しました。彼は、古代中国の言語や制度、文物といった史料を重視する「古文辞学」を提唱し、古代の言語を理解せずに朱熹の学説を解釈することは誤りだと主張しました。仁斎学に対しても、多くの点で批判を加えましたが、必ずしも仁斎の解釈に常に反論していたわけではありません。『論語古義』に記述がない場合も存在します。

徂徠の生涯：学問への探求と政治への関与

江戸で生まれた徂徠は、幼少期から優れた学力を見せ、林春斎や林鳳岡といった著名な学者に師事しました。しかし、延宝7年（1679年）、父の失脚により家族で上総国長柄郡本納村（現在の千葉県茂原市）に移り住むことになり、13年以上にわたり、漢籍、和書、仏典などを独学しました。この上総時代を「南総之力」と表現し、自身の学問の基礎を築いたと回顧しています。

元禄5年（1692年）、父の赦免により江戸に戻った徂徠は、学問への探求を続け、芝増上寺の近くに塾を開きました。当初は貧困に苦しむこともありましたが、近所の豆腐屋の援助を受けて学問を続けました。元禄9年（1696年）には、将軍綱吉の側近である柳沢吉保に抜擢され、川越で15人扶持を支給され仕官、後に500石に加増され、柳沢邸で講学や政治上の諮問に応じました。綱吉にも面識を得ています。宝永元年（1705年）、吉保が甲府藩主となると、宝永7年（1706年）には吉保の命により甲斐国を視察し、『風流使者記』『峡中紀行』を著しました。

宝永6年（1709年）、綱吉の死去と吉保の失脚に伴い、柳沢邸を離れ、日本橋茅場町に私塾「蘐園塾」を開設。やがて「徂徠派」と呼ばれる独自の学派を形成しました。塾の名称「蘐園」は、所在地の茅場町にちなむものです。

享保7年（1722年）以降は、8代将軍徳川吉宗の信任を得て、その諮問にも応えました。追放刑の廃止と自由刑への転換を提言するなど、豪胆な人物として知られています。中国文化にも造詣が深く、多くの門弟を育成し、享保13年（1728年）に63歳で亡くなりました。墓所は東京都港区三田の長松寺にあり、国の史跡に指定されています。

徂徠学の思想：古文辞学と経世思想

徂徠は朱子学を「憶測に基づく虚妄の説」と批判し、古代中国の古典を独自の解釈方法で読み解く「古文辞学」を確立しました。彼は漢籍を訓読せず、原音で読むことで本来の意味を復元できると考えました。

主著『弁名』『弁道』では、「名」と「物」の関係を論じ、儒教の概念である「名」は、古代中国の聖人（先王）の時代には社会制度や儀礼である「物」と一致していたと主張しました。しかし後世になると「物」は忘れられ、「名」だけが残り、それを誤解しているのが朱子だと批判しました。「六経」の研究を通して古代の「物」を考証し、本来の「名」を復元できると主張しました。

徂徠の経世思想は、古文辞学に基づいて中国古代の聖人が築いた制度をモデルに、政治を行うべきだとするものでした。農本主義を唱え、武士や町人の帰農を説きました。柳沢吉保や徳川吉宗への政治的助言者でもあり、『政談』には具体的な政治改革案が示されています。身分にとらわれない人材登用論や人口問題への言及は特に有名で、政治と宗教道徳の分離を推し進める画期的な著作です。

徂徠学の後世への影響

徂徠学は、多くの学者に影響を与えました。懐徳堂では朱子学者から批判を受けながらも、優れた文献学者を輩出しました。本居宣長も古文辞学の方法に影響を受け、『古事記』や『日本書紀』の研究を行いました。西周も徂徠学を学んだ一人です。

元禄赤穂事件と徂徠の見解

元禄赤穂事件において、徂徠は赤穂浪士を切腹させるべきだと主張したとされています。しかし、その真偽については議論があり、『徂徠擬律書』と呼ばれる文書の真筆性が疑問視される一方で、『政談』の「四十七士論」では赤穂浪士の行為を「不義」と断じています。

徂徠豆腐と創作における徂徠

落語や講談などで知られる『徂徠豆腐』は、貧窮時代の徂徠と豆腐屋の交流、そして赤穂浪士の討ち入りを背景にした物語です。この物語に由来する「人生には三つの坂がある。上り坂、下り坂、そして『まさか』という坂」という言葉は広く知られています。

著作

徂徠は『弁道』『弁名』『政談』『学則』『論語徴』『孫子国字解』など、多くの著作を残しました。これらの著作は、現在も研究され、日本の思想史において重要な位置を占めています。全集や選集も多数出版されています。

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