動詞句内主語仮説

動詞句内主語仮説（VP-Internal Subject Hypothesis, VPISH）

動詞句内主語仮説とは、「文」の主語が従来考えられていた主語位置ではなく、動詞句の指定部（Spec-VP）に基底生成されるとする統語論上の理論です。この仮説は、1980年代後半にFukuiとSpeas、Kitagawa、Kuroda、KoopmanとSporticheなどによって提唱されました。

概要

動詞句内主語仮説は主語の生成位置について新たな視点を提供します。この仮説によると、文主語はSpec-IPではなくSpec-VPで基底生成され、その後に移動して主語位置に現れるとされています。従来の理論では、文はNP（名詞句）とVP（動詞句）から構成されるとされ、主語は通常、動詞句の外側に基底生成されると考えられていました。

研究史

従来の統語論は、文をSもしくはIPとして捉え、句構造規則に基づいて分析していましたが、チョムスキーが1981年にIP仮説を提唱したことにより、文の定義や構造に対する見解が変わりました。従来の見解では、文主語はIP構造のSpec-IPに基底生成されるとされていましたが、VPISHはこれに反する立場を取ります。

仮説の核心

動詞句内主語仮説は、動詞句内のSpec-VPに主語が基底生成されることを仮定します。この構造では、動詞の主語項はSpec-VPに生成された後、必要に応じてSpec-IPへ移動します。この移動は、Iの持つEPP素性の要求や、格付与および一致の要請に基づいて行われます。

主な課題

文法関係の局所性

伝統的な主語生成理論では、語彙選択や述語の下位範疇化、θ役割の付与は、局所的な関係の中で成立するとされていました。しかし、VP構造において主語を外側に生成する考え方では、これらの要素の関係が非局所的になるため、説明が困難になります。

意味表示の同一性

Postalによる分析では、指示表現と虚辞の主語を持つ文の間には意味的な相関性が存在します。このことは、主語の生成位置の違いにもかかわらず、同じ意味が存在することを示しています。これにより、主語の生成位置が投影される文構造は、推論の根拠ともなります。

指定部の普遍性

動詞句内主語仮説は、与えられた文においてすべての句範疇が指定部を持つと仮定しています。これによって、動詞句も他の句範疇と同様に命題単位として扱われ、Spec-VPが主語を包含する位置であることが明らかになります。

証拠

数量詞遊離

数量詞遊離とは、名詞句内の数量詞が他の位置に移動する現象です。フランス語や英語で観察できるこの現象を動詞句内主語仮説に基づいて理解することができ、挙証される文法的規則に基づく説明が可能となります。

等位構造制約

等位構造制約は、等位項から構成素を抜き取ってはならないという制約です。動詞句内主語仮説では、この制約に基づく例外を適切に説明することができます。

文の派生

Spec-VPからSpec-IPへの主語の移動は、Chomskyの拡大投射原理（EPP）および格付与・一致の観点から理解されます。EPP素性は主語要素を要求し、移動時の格の割り当てを行います。動詞句内主語仮説は、文の統語的構造をより詳細に説明するための基盤を提供します。

このように、動詞句内主語仮説は文の主語の生成と移動の仕組みを解明する重要な理論の一つであり、文法理論の発展に寄与してきました。

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