勝利まで

ジガ・ヴェルトフ集団とパレスチナ：幻のドキュメンタリー『勝利まで』

1970年、世界的に名高い映画監督ジャン＝リュック・ゴダールとジャン＝ピエール・ゴランは、共同で「ジガ・ヴェルトフ集団」を名乗り、前衛的な映画制作活動を展開していました。その活動の一環として、彼らはパレスチナへと赴き、ドキュメンタリー映画『勝利まで』（原題：Jusqu'à la victoire）の撮影に着手します。この作品は、パレスチナ革命の思想と行動を記録することを目的としていました。

撮影は、アラブ連盟から提供された資金援助のもとで行われました。当時のカラーネガフィルム、コダック7254を使用し、ヨルダンとパレスチナで撮影が行われたと伝えられています。撮影チームには、ゴダールとゴランに加え、カメラマンのアルマン・マルコも参加していました。彼らがパレスチナで撮影に臨んだ背景には、1960年代後半から世界を席巻した学生運動や反戦運動といった、社会変革への強い関心が見て取れます。当時のパレスチナは、イスラエル建国後の複雑な歴史的状況と、パレスチナ解放機構（PLO）を中心とした抵抗運動が激化する中で、国際的な注目を集めていました。

しかしながら、『勝利まで』の撮影は、予想外の困難に直面することになります。撮影開始直後、パレスチナ解放機構のメンバーが殺害されるという事件が発生。この悲劇的な出来事が、撮影の進捗に大きな影響を与え、当初の計画通りに撮影を完了することは不可能となりました。予定していた撮影内容を全て網羅することは叶わず、ゴダールとゴランは未完成のまま、同年4月に撮影を打ち切りました。

『勝利まで』の撮影後、ジガ・ヴェルトフ集団は次の作品『ウラジミールとローザ』の制作に取り掛かり、同年9月には撮影を完了しています。しかしながら、『勝利まで』の編集作業は行われることはありませんでした。これは、撮影中に発生した事件や、同年9月6日に発生した「PFLP旅客機同時ハイジャック事件」とそれに続くヨルダン内戦といった、当時の政治情勢の不安定さが大きく影響していると考えられます。これらの出来事が、完成した作品を公開することに対するリスクを著しく増加させた可能性が高いです。

その後、ジガ・ヴェルトフ集団は解散。しかし『勝利まで』の撮影フィルムは、完全に忘れ去られたわけではありませんでした。1974年、ゴダールとアンヌ＝マリー・ミエヴィルが共同監督した『ヒア & ゼア こことよそ』において、一部のフィルムがアーカイヴ・フッテージとして再利用されています。このことで、『勝利まで』の断片は、間接的な形で世に知られることとなりましたが、未完成のドキュメンタリーとして、その全貌を知る者は多くありません。

『勝利まで』は、未完成に終わった作品ではありますが、パレスチナという激動の時代と、その中で活動していた人々の姿を記録しようとした貴重な試みでした。ゴダールとゴランの政治的姿勢と、当時紛争の最中だったパレスチナの状況が重なり合い、生み出されたこの作品は、映画史における一つの異色の存在として、その存在感を示し続けています。また、撮影に使用されたコダック7254というフィルムの存在も、当時の映画技術や時代背景を知る上で重要な要素となっています。このフィルムは、1968年に発売され、1977年に製造中止になったことから、撮影当時最新鋭のフィルムであったと考えられます。未完成の作品でありながら、歴史的な価値を持つ『勝利まで』は、映画史における重要な一石を投じていると言えるでしょう。

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