北樺太石油

北樺太石油株式会社：幻の北サハリン油田開発

北樺太石油株式会社は、かつて日本の国策会社として、ソビエト連邦領であった北樺太（現在のサハリン北部）で石油資源の開発を行っていました。その設立背景には、艦船燃料としての石油確保を目指す大日本帝国海軍の強い意向がありました。この記事では、樺太における石油発見から日本の利権獲得、そして会社の設立から終焉までを詳細に解説します。

樺太における石油発見の歴史

樺太における石油開発の歴史は、1880年にロシア帝国の毛皮商人がオハ川上流で石油の露頭を発見したことから始まります。その後、複数の企業や個人が開発に乗り出しましたが、資金難などから事業は頓挫。しかし、1909年にはゾートフ組合がオハで初めて油田の湧出に成功しました。この発見が、後の日本の北樺太における石油利権獲得へと繋がっていきます。

日本の北樺太利権獲得交渉

20世紀に入り、日本海軍は艦船燃料を石炭から重油へと転換する方針を打ち出しました。日露戦争後、樺太を占領した日本は、石油資源への関心を高めていきます。1912年には、日本の企業が北樺太油田の調査を実施し、その有望性を確認。その後、大隈重信への働きかけや久原鉱業の後援などを経て、日露共同での油田開発を目指す動きが活発化しました。しかし、ロシア革命の勃発により、これらの計画は一時中断を余儀なくされます。

北辰会の設立

第一次世界大戦後、日本海軍の主導により、複数の企業が合同で石油開発シンジケート「北辰会」を設立。北辰会は、ロシア官憲の了解を得て試掘作業に着手しますが、尼港事件の発生により作業は中断。その後、日本軍が北樺太を軍事占領し、油田への守備隊を派遣。北辰会は作業を再開し、1923年にはオハで採油に成功しました。

シンクレア石油の参入と挫折

一方、アメリカのシンクレア石油会社も北樺太油田の利権獲得を目指し、ソ連（当時は極東共和国）と交渉を進めます。しかし、日本政府は海外資本の参入を避けたい意向から、シンクレア石油の調査を妨害。最終的に、シンクレア石油はソ連との利権契約を解消し、日本との利権獲得競争に敗れました。

北樺太石油株式会社の設立と事業展開

1925年、日ソ基本条約が締結され、日本は北樺太油田の5割を開発する利権を獲得しました。これを受けて、1926年に北樺太石油株式会社が設立され、中里重次が初代社長に就任。会社はオハ油田を中心に採掘を開始し、石油資源の確保に尽力しました。

経営体制と労働環境

北樺太石油は、東京に本社を置き、オハに鉱業所を設置。鉱場から海岸まで鉄道を敷設し、海底パイプラインを整備するなど、大規模な設備投資を行いました。しかし、労働者の確保は困難を極め、ソ連人労働者の待遇改善要求など、経営上の課題も多く存在しました。

ソ連側の鉱区開発

日本側の順調な立ち上がりを見て、ソ連も自国鉱区の開発を開始。1928年には「トラスト・サガレンネフチ」を設立し、日本から採油機器を購入して原油の生産・輸出を行いました。しかし、日ソ関係の悪化により、1937年を最後にトラストからの原油輸入は終了しました。

試掘の遅れと経営悪化

北樺太石油は、株主への高配当を優先したため、新たな油田開発のための試掘を軽視。資金不足も重なり、採油能力は低下の一途をたどりました。ソ連からの事業妨害も激化し、経営はますます悪化。1938年には赤字に転落し、政府からの補助金で補填する状況となりました。

北樺太利権の解消と会社の消滅

1941年に締結された日ソ中立条約の交渉過程で、ソ連は北樺太の利権解消を強く主張。1944年、日本政府はソ連との緊張緩和のため、北樺太利権の有償譲渡を決定。北樺太石油は帝国石油に吸収合併され、その歴史に幕を閉じました。

北樺太石油南進隊の悲劇

太平洋戦争中、北樺太石油の社員の一部は、海軍に徴用され「北樺太石油南進隊」として南方へ派遣されました。彼らはニューギニアやボルネオで油田開発に従事しましたが、ビアク島の戦いや阿波丸事件などで多くの犠牲者を出すこととなりました。

北樺太石油株式会社は、日本のエネルギー政策の一翼を担い、北樺太の石油資源開発に尽力しましたが、国際情勢の変動や経営上の課題により、短期間でその役割を終えました。しかし、その歴史は、日本の資源開発史における重要な一ページとして、今もなお語り継がれています。

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