北重人

北 重人

北 重人（きた しげと）氏は、1948年1月3日、山形県酒田市に生まれた日本の小説家です。本名は渡辺 重人（わたなべ しげひと）。小説家として知られる一方で、建築士や造園家といった専門家としての経歴も持ち合わせていました。2009年8月26日に61歳でこの世を去るまで、その独特なキャリアを活かした作品を生み出しました。

北氏は、地元の山形県立酒田東高等学校を卒業後、千葉大学工学部建築学科に進学し、1971年に同学科を修了しました。建築の専門知識を深める一方、都市計画分野にも関心を寄せ、一級建築士資格や技術士建設部門（都市及び地方計画）の資格を取得しています。これらの高度な専門性を背景に、ランドスケープコンサルタント会社である株式会社LAU都市施設研究所（現在のLAU公共施設研究所）を設立し、造園設計や都市計画コンサルティング業務に長年携わりました。

専門家としての活動の傍ら、北氏は小説執筆への情熱を抱き続けました。初期には、短編『陽ざかりの棗（なつめ）』を文藝春秋のオール讀物新人賞に投稿。この作品は最終候補に残る健闘を見せましたが、惜しくも決選投票で山本一力氏の作品に敗れ、デビューの機会は一旦見送られました。しかし、創作活動を諦めることはなく、その後も研鑽を続け、1999年には『超高層に懸かる月と、骨と』で見事、第38回オール讀物推理小説新人賞を受賞。これにより、小説家としての確かな道を歩み始めました。

作家活動における重要な転機となったのは、時代小説への取り組みでした。2001年に第8回松本清張賞の候補となった作品『蒼火』の世界観を深めるべく、その続編として『天明、彦十店始末』を執筆します。この作品は2004年の第11回松本清張賞で再び最終候補に選出され、高い評価を受けましたが、決選投票で山本兼一氏の作品に敗れ、またしても受賞を逃す結果となりました。しかし、この時の選考委員であった大沢在昌氏と伊集院静氏から強い推薦を受け、異例の出版が決定。これが北氏の実質的な作家デビュー作となり、出版に際して伊集院氏の提案により『夏の椿』と改題されました。前日譚である『蒼火』も、翌2005年に改めて出版され、多くの読者に読まれることとなります。

デビュー後、北氏は精力的に執筆活動を行い、様々な作品を発表しました。デビュー作となった『夏の椿』やその前日譚『蒼火』を含む時代小説を中心に、現代を舞台にしたミステリー作品なども手掛けました。2007年には、『蒼火』が第9回大藪春彦賞を受賞し、その文学的手腕が改めて高く評価されました。また、これ以外にも数々の主要な文学賞で候補となるなど、その才能は広く認知されていました。具体的には、1998年の第5回松本清張賞候補（『西新宿・骨と月と』）、2008年の第21回山本周五郎賞候補（『月芝居』）、そして2009年の第140回直木三十五賞候補（『汐のなごり』）など、短期間の作家活動ながら多くの栄誉ある候補に選ばれています。

主な作品としては、『夏の椿』（2004年）、『蒼火』（2005年）、『白疾風』（2007年）、『月芝居』（2007年）、『汐のなごり』（2008年）、『鳥かごの詩』（2009年）、『火の闇 飴売り三左事件帖』（2009年）、『夜明けの橋』（2009年）などが挙げられます。『汐のなごり』や『夜明けの橋』は複数の短編を収録した短編集であり、市井の人々の機微を描いた作品が多く収められています。

建築や造園で培った空間把握能力や緻密な構成力が、その小説世界に独自の深みを与えたと言われています。特に時代小説においては、歴史的背景と人間ドラマを巧みに融合させ、読者を引き込む作風が特徴でした。

惜しまれつつも、北重人氏は2009年8月26日午後1時12分、胃がんのため急逝されました。享年61歳という若さでした。彼の死後、未発表の遺稿がまとめられ、『花晒し 北重人遺稿集』（2012年）として出版されました。短い作家人生でしたが、その残した作品は今も多くの読者によって読み継がれています。

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