北野本源氏釈

北野本源氏釈：最古級の『源氏釈』写本

『北野本源氏釈』は、『源氏物語』の注釈書『源氏釈』の写本の一つです。別名「九曜文庫本（『源氏釈』）」とも呼ばれ、かつては「末摘花・紅葉賀断簡」という名称でも知られていました。

『源氏釈』は、『源氏物語』注釈史において重要な位置を占める注釈書ですが、現存する写本は少なく、その成立過程には不明な点が多いのが現状です。しかし、『北野本源氏釈』は、現存する『源氏釈』の写本の中でも最も古い形態を保つものと考えられています。このことが、本書の研究史における重要性を際立たせています。

伝来と所蔵

本書は、当初高野辰之氏によって所蔵されていました。その後、北野克氏に所蔵が移り、「末摘花・紅葉賀断簡」として紹介されたことから「北野本」と呼ばれるようになりました。その後、早稲田大学名誉教授の中野幸一氏の個人コレクション「九曜文庫」に収蔵されたため、「九曜文庫本」という別名も持っています。現在も九曜文庫に所蔵されています。

書写と内容

鎌倉時代の書写と推定されています。胡蝶装で、現存するのはわずか8葉のみです。本文は『末摘花』の後半から『紅葉賀』の冒頭部分に相当しますが、本文中に欠落部分も確認できます。表紙は後補であり、「源語之類書」と記された付箋が貼られていますが、内題、跋文、奥書は欠落しており、本来の名称は不明です。

興味深いのは、本書が注釈書、梗概書、巻名歌集の性格を併せ持っている点です。これは『源氏物語』注釈の多様な側面を示す貴重な証拠となっています。

研究史と位置づけ

北野克氏が本書の存在を初めて明らかにしました。当初は鎌倉時代の書写という点で貴重な資料であると評価されましたが、その位置づけは不明確でした。そのため、残存部分に基づいて「末摘花・紅葉賀断簡」と命名されました。

その後、田坂憲二氏によって、梗概書『源氏小鏡』の古い異本と考えられる『源氏古鏡』（佐佐木信綱旧蔵、現天理図書館蔵）との類似性が指摘されました。しかし、さらなる研究の進展により、『源氏釈』の一伝本であると結論付けられました。

従来、『源氏釈』は、宮内庁書陵部本や前田育徳会尊経閣文庫本などをもとに、藤原定家の『奥入』や河内方による『水原抄』のように、勘物写本の末尾に書き込まれた注釈、あるいはそこから注釈のみを抜き出したものと考えられてきました。しかし、『北野本源氏釈』の存在は、そのような従来の理解に新たな視点を提供し、再考を促すものとなっています。

『北野本源氏釈』は、現存する資料が少ない『源氏釈』研究において、極めて重要な位置を占める写本であり、今後の研究においても貴重な資料として活用されていくでしょう。その簡潔ながらも多様な要素を併せ持つ内容は、当時の注釈書のあり方や『源氏物語』理解の一端を垣間見せる貴重なものです。

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