十字架降架 (ファン・デル・ウェイデンの絵画)

『十字架降架』：ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの傑作

ロヒール・ファン・デル・ウェイデンが1435年頃に制作した『十字架降架』は、キリストの受難を描いた初期フランドル派の重要な作品です。この油彩の板絵は、マドリードのプラド美術館に所蔵されており、キリストが十字架から降ろされる場面を、深い感情と精緻な描写で表現しています。

作品概要

『十字架降架』は、キリストが十字架から降ろされる場面を描いたもので、アリマタヤのヨセフとニコデモがキリストの遺体を抱えています。この作品は、ファン・デル・ウェイデンの初期の作品であり、彼の師であるロベルト・カンピンの影響が色濃く見られます。特に、人物の彫刻のような硬質な表現や、赤、白、青を多用した鮮やかな色彩が特徴的です。

この作品は、ファン・デル・ウェイデンが国際的な評価を得るきっかけとなった大作であり、ルーヴェンの弓射手ギルドからの依頼で制作されました。そのため、キリストの身体は、クロスボウを模した「T」字型に描かれています。

描かれた人々の感情

『十字架降架』は、キリストの死を嘆き悲しむ人々の感情を、衝撃的とも言えるほど深く表現しています。美術史家たちは、この作品がキリストの磔刑を描いたフランドル絵画の中で最も影響力があったと評価しており、完成後200年の間に何度も模写されました。

バーバラ・レーンは、キリストの生涯の物語が変遷していく中で、この作品が聖母マリアの役割を大きくしたと指摘しています。ミリ・ルービンは、15世紀初め頃から、芸術家たちが十字架の下で気絶しそうなマリアを描き始め、その影響が特にファン・デル・ウェイデンの『十字架降架』で顕著になったとしています。この弱々しいマリアは、「Spasimo（悲痛）」という言葉で表現され、聖母マリア崇敬の高まりを象徴しています。

ローン・キャンベルは、この絵画に描かれた人物像を詳細に同定しようと試みています。彼の推測によれば、聖母マリアの異父妹や福音記者ヨハネ、マグダラのマリアなどが描かれているとされますが、この解釈には異論も存在します。例えば、ディルク・デ・フォスは、キリストを支える人物の役割についてキャンベルとは異なる見解を示しています。

表現技法

『十字架降架』の特異性は、中央に描かれたキリストの遺体と酷似した姿で崩れ落ちる聖母マリアの姿にあります。これは、初期フランドル派の絵画には見られなかった革新的な表現です。しかし、作品に見られる感傷的な表現は、トマス・ア・ケンピスの『キリストに倣いて』の影響を受けています。また、15世紀の神学者デニス・ファン・リューエンの学説も、聖母マリアの重要性とキリストの最後の瞬間に見せる信仰心を説いています。

キリストの姿がクロスボウを彷彿とさせるのは、この作品がクロスボウを扱う弓射手ギルドからの依頼で描かれたためです。エイミー・パウエルは、中世の神学理論においてクロスボウがキリストの暗喩であったと主張しています。

ディルク・デ・フォスは、ファン・デル・ウェイデンが色彩豊かな人物像を描き、彫刻のような印象を祭壇画に与えることで、絵画が彫刻に劣らない芸術であることを証明しようとしたのではないかと指摘しています。舞台劇のような静止した人々のポーズは、作品に凝縮感を与え、一瞬を切り取ったかのような雰囲気を醸し出しています。また、失神する聖母マリアと彼女を支えようとするヨハネ、キリストを降ろす男の動き、そして嘆くマグダラのマリアへと続く流れは、まるで多声音楽の対位旋律のようです。

作品の解釈

この祭壇画は、「十字架降架」、「キリストの哀悼」、「キリストの埋葬」という聖書の場面を統合した作品として解釈できます。キリストの足は釘が打ち付けられたままで、腕も十字架に磔になっていた時の形をとどめています。アリマタヤのヨセフは、キリストの遺体越しにアダムの頭骨を凝視しており、この描写はキリストとマリアが人類の新たなアダムとイブであることを意味しています。つまり、この作品は人類の贖罪と救済を表現していると言えるでしょう。

ディルク・デ・フォスは、『十字架降架』の画面構成の複雑さにも言及しています。一見すると奥行きは肩幅程度しかないように見えるものの、人物は五列に配置され、画面の「最後景」では釘が画面前方に飛び出すなど、空間構成が錯覚に満ちていることが示唆されています。

ローン・キャンベルは、この絵画の本質は写実描写ではなく、見るものを不安に陥れるような歪みであると指摘しています。ファン・デル・ウェイデンは、不合理な細部描写と、現実を歪曲することで、観る者に衝撃を与え、描かれている対象物を再認識させようとしたのです。彼は、マティスやピカソと同様に、同時代の画家たちを先駆ける存在だったと主張しています。

キャンベルは、さらに、キリストの遺体から引き抜いた釘を握りしめた召使いの姿が、騙し絵的な効果を生み出していることを指摘しています。召使いの服の袖が透かし彫りに引っかかっているように見えたり、釘の位置が前景と背景で矛盾していたりといった要素が、観る者に漠然とした不安感を与えます。ファン・デル・ウェイデンは、重要な対象物の接点を隠すことで、このような空間の歪みを効果的に演出しているのです。

作品の来歴

『十字架降架』は、ルーヴェンの弓射手ギルドからの依頼で制作され、ノートルダム・フオーリ・レ・ムーラ礼拝堂に献納されました。作品の隅にクロスボウが描かれているのは、その依頼主を象徴するものです。

この作品の制作年度は1435年頃とされており、その後、祭壇画とオルガンとの交換を経て、マリア・フォン・エスターライヒの手に渡りました。スペイン王フェリペ2世は、伯母であるマリアからこの作品を譲り受け、スペインへと持ち帰りました。その後、エル・エスコリアル王宮に収蔵され、スペイン内戦時には保護のためバレンシア、スイスへと移送されました。1939年以降は、プラド美術館の所蔵となっています。

1992年には、ニューヨークのメトロポリタン美術館の協力を得て、プラド美術館による大規模な修復作業が行われました。

後世への影響

『十字架降架』は、完成以来、多くの芸術家に影響を与え、何度も模写されてきました。ファン・デル・ウェイデンの存命時から、その芸術的価値は高く評価されており、1565年にはヒエロニムス・コックによって版画集が出版されています。

美術史家の中には、この作品を模写したり、自らの作品に取り入れた画家は少ないと指摘する人もいましたが、実際にはヨーロッパ中の芸術家がその影響を受けています。2010年のBBCのドキュメンタリー番組では、コートールド美術研究所のスージー・ナッシュ教授が、「『十字架降架』は15世紀を通して最も重要な絵画である」と結論付けています。

2009年1月には、Google Earthとプラド美術館の共同プロジェクトによって、インターネット上で14,000メガピクセルの高解像度画像で鑑賞することができるようになりました。

もう一度検索