十字架降架 (ルーベンス、1618年)

ピーテル・パウル・ルーベンス作「十字架降架」

『十字架降架』（露: Снятие с креста、英: The Descent from the Cross）は、フランドルのバロック期を代表する画家ピーテル・パウル・ルーベンスが、工房のメンバーと共に1617年から1618年にかけて制作した油彩画です。この作品は、『新約聖書』の福音書、特にマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの各福音書に記されたイエス・キリストが十字架から降ろされる場面を主題としています。

作品の背景

本作は、ベルギーのリールにあるカプチン会派教会の高祭壇画として依頼され、教会の礼拝堂に飾られていました。しかし、フランス革命中の1794年にフランス軍が侵攻した際、修道士たちによって秘かに隠されました。その後、この絵画はマルメゾン城のジョゼフィーヌ・ド・ボアルネのコレクションに加えられ、1814年には彼女のコレクションの一部としてサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に買い取られ、現在も同美術館に展示されています。

作品の特徴

ルーベンスは敬虔なカトリック教徒であり、対抗宗教改革を推進するカトリック教会のために多くの宗教画を描きました。特に1612年に制作した『キリスト降架』（アントウェルペン聖母大聖堂所蔵）で成功を収めて以降、同じ主題の作品を弟子たちと制作しています。本作は、その中でも最も簡潔な作品とされています。従来の作品とは異なり、背景には風景が描かれておらず、キリストの受難を象徴する釘やいばらの冠も描かれていません。

構図は、アントウェルペンの『キリスト降架』から大きく変化しています。アントウェルペンの作品では、画面の上部右から下部左へ伸びる対角線に人物の動きが従属していましたが、エルミタージュ美術館所蔵の本作では、聖アンデレの十字架のように2本の対角線が構成されています。1本はキリストの身体の位置によって、もう1本は十字架の梯子と赤い衣服の福音記者聖ヨハネによって形作られており、この2本の対角線が均衡を生み出しています。さらに、登場人物の数を減らし、キリストの身体を大きく描くことで、キリストと周囲の人々に焦点が当てられています。キリストはまだ完全に絶命していないかのように、半ば目を開けており、身体も緩やかな曲線を描いています。アントウェルペンの作品に比べ、悲壮感が和らいでいる印象を与えます。

キリストの周りには、「福音書」に直接言及されている人物だけが描かれています。キリストの身体は、ニコデモ、アリマタヤのヨセフ、若い聖ヨハネによって支えられています。左側で息子を抱く聖母マリアは、キリスト教における諦念の美徳を象徴し、右側にひざまずくマグダラのマリアは、悔悛を擬人化した存在です。それぞれの人物が共通の悲しみを抱きながらも、ルーベンスはキリストの自己犠牲の必要性を強調しようとしています。

制作への関与

画面には、部分的な未完成や色彩表現の不足が見られ、ルーベンスの弟子、特にアンソニー・ヴァン・ダイクの関与が指摘されています。美術史家のM.Y.ワルシャフスカヤは、キリストとアリマタヤのヨセフの姿にヴァン・ダイクの技法を見て取っています。

関連資料

本作のための準備素描が2点現存しており、1点はEV・ソーのコレクションに、もう1点はボストン美術館に所蔵されています。

参考文献

五木寛之編著『NHK エルミタージュ美術館 3 近代絵画の世界』、日本放送出版協会、1989年刊行 ISBN 4-14-008625-4

外部リンク

エルミタージュ美術館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『十字架降架』 (英語)
* Web Gallery of Artサイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『十字架降架』 (英語)

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