十常侍

後漢末期、帝国の衰退が進む霊帝の治世において、政権の中枢で専横を極めた宦官の集団が「十常侍」として知られています。『後漢書』によれば、彼らは主に張譲、趙忠を中心とした十二名の中常侍を指すとされていますが、概数でこのように呼ばれるようになったと考えられています。

宦官が政治の表舞台に本格的に進出したのは、その後漢中期、桓帝の時代に遡ります。外戚である梁冀の排除に貢献した単超ら五名の宦官が「五侯」と呼ばれて重用され、権力を確立しました。五侯は単超の死後に驕りから失脚しますが、続く霊帝の時代には、侯覧、曹節、王甫といった新たな有力宦官が登場します。彼らは党錮の禁などの政治闘争を勝ち抜き、強大な勢力を築き上げました。この頃には、汝南袁氏のような名門出身者の中にも宦官となる者が見られるようになります。侯覧や王甫は最終的に自害や刑死に至りますが、曹節は181年まで生き永らえ、その権勢を維持しました。

曹節が死去した後、歴史の記録に顕著に現れるのが十常侍と呼ばれる宦官集団です。彼らは霊帝から深い寵愛を受け、その権力は絶大なものとなりました。特に張譲と趙忠は朝廷内で圧倒的な影響力を持ち、皇帝さえ彼らを「わが父」「わが母」と呼んで憚らなかったと言われています。

十常侍の親族の多くは、彼らの後ろ盾によって地方官に任命され、各地で人民から貪欲に財産を搾取しました。彼らの腐敗と横暴を、漢王朝の行く末を憂う者たちは「君側の奸」（君主のそばにいる悪臣）と見なしましたが、彼らに逆らう者は「乱心者」として処罰されるか、見て見ぬふりをするしかありませんでした。呂強や張鈞のように、彼らの不正を正そうと諫言した良識ある人物もいましたが、結局は逆に罪に問われ、排除されてしまいました。一方で、宦官に取り入ることで出世を図る者たちも少なくありませんでした。

184年に発生した黄巾の乱では、宦官の中から封諝のように反乱軍と内通する者が出現し、宦官勢力は一時的に勢いを失いました。乱後、外戚として台頭した大将軍・何進が、十常侍をはじめとする宦官勢力との対立を深めます。霊帝の崩御後、何進は帝の寵臣であった宦官の蹇碩を殺害し、さらに宦官勢力の徹底的な排除を計画し、各地から軍勢を招集しようとしました。しかし、張譲らは何進の妹である何太后を利用する策略を巡らせ、何進を宮中に誘い出して殺害し、事態の収拾を図ります。

しかし、何進の殺害に激しく怒った袁紹や袁術らは、兵を率いて宮中に乱入し、宦官とその与党をほとんど虐殺しました。この混乱の中、張譲や段珪は幼い皇帝・劉辯と弟の劉協を連れて宮殿を脱出し逃亡しました。しかし、追っ手が迫り逃げ切れないと悟った彼らは、黄河に身を投げて自決しました。これは189年の出来事です。十常侍が滅亡した後、皇帝を保護した董卓が代わって権力を握るようになり、後漢はさらなる混迷の時代へと突入していきます。

後漢が宦官によって政治を揺るがされたことへの反省から、後漢から帝位を禅譲された魏王朝では、宦官に政治的な権力を持たせない方針が取られるようになりました。

なお、『三国志演義』においては、十常侍は張譲、趙忠、封諝、段珪、曹節、侯覧、蹇碩、程曠、夏惲、郭勝の十名とされています。これは史書である『後漢書』の記述とは異なり、史実では十常侍の台頭以前に権勢を振るった曹節や侯覧、蹇碩なども含まれています。文学作品としての構成上の都合と考えられます。

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