千藤幸蔵

千藤 幸蔵

千藤 幸蔵（ちふじ こうぞう、本名：神田 勀人 かつと）は、日本の民謡三味線の演奏家であり、研究家としても多大な功績を残した人物です。1937年10月24日、岡山県英田郡作東町（現在の美作市）に生を受け、2012年1月4日に74歳でその生涯を閉じました。剣豪宮本武蔵の友人として知られる本位田又八の末裔としても伝えられています。

音楽への道と藤本流での精進

幼少期から音楽に親しみ、宮田東峰にハーモニカを学び、後に趣味としてギター演奏にも熱中しました。地元高校卒業後、大阪で会社勤めをしながら音楽活動を継続する中で、特に感銘を受けたのが、大ファンであった歌手・三橋美智也の大劇場公演における三味線豊吉の演奏でした。この出会いがきっかけとなり、三味線演奏の世界に深く引き込まれていきます。ラジオの民謡番組を録音し、自ら五線譜に書き起こすなど、独学で民謡三味線の技術と理論を研鑽しました。

やがて、知人の紹介により、当代随一の民謡三味線家であった藤本琇丈と運命的な出会いを果たします。藤本の勧めもあり、1963年7月に上京し、内弟子として本格的な修行に入りました。藤本のもとで頭角を現し、程なく「藤本秀也（ひでなり）」の名を許され、放送、レコーディング、舞台といった様々な場でその才能を発揮するようになります。藤本流における中心的な存在として、流儀の運営にも深く関わりました。現在も多くの演奏家に利用されている「藤本琇丈民謡選集」の出版業務を統括し、当時としては革新的であった三味線の通信講座の企画・製作を主導するなど、藤本流の技術と名声を全国に広める上で重要な役割を担いました。特に、民謡の会としては極めて異例であった国立劇場大劇場での「藤本会公演」を成功に導いたことは、その手腕を示す代表的な功績と言えるでしょう。この時期には、尺八の米谷威和男や三味線の本條秀太郎といった、後に日本を代表する邦楽家たちとも同門として研鑽を積んでいます。

独立と千藤流の創立

1981年1月1日、自身の演奏活動や研究活動をより充実させることを目指し、藤本流から独立することを決意します。これは姉弟子であった藤本秀次の仲介によって実現しました。長年自身の一門会の名称として使用してきた「千藤会」の名を、師である藤本琇丈の許しを得て新たな流儀名とし、「千藤流」を創立。自らの芸名も千藤幸蔵と改め、初代家元として千藤会を率いることとなりました。独立を記念し、国立劇場にて創流記念演奏会を開催し、新たな一歩を踏み出しました。

幅広い活動と研究成果

千藤幸蔵は、演奏家としても研究家としても特異な存在でした。在阪時に洋楽理論を習得していたため、三味線演奏家としては珍しく五線譜に精通しており、譜面の初見演奏能力が高かったことから、歌謡曲や民謡のオーケストラ伴奏で多くのスタジオセッションに参加し、洋楽畑の編曲家からも厚い信頼を得ていました。また、民謡の研究にも熱心に取り組み、その深い洞察と分析は専門家からも高く評価されていました。研究成果を発表する場として、不定期に「千藤幸蔵三味線リサイタル」を開催。1987年に開催した「大津絵節の系譜」と題したリサイタルは特に評価が高く、文化庁芸術祭賞（演芸部門）を受賞しています。他にも「甚句の系譜」「コチャエ節の系譜」「さのさ節の成立と変容」など、様々な民謡のルーツや変遷に関する研究を発表しています。

また、家元として、名取門弟を中心とした「千藤会公演」を4年ごとに開催し、全国各地で発掘した民謡の紹介や、自身が手掛けた作・編曲作品を発表しました。藤本流在籍時代から継続されたこの公演は、生涯で13回を数えました。特に編曲においては、三味線を軸に様々な邦楽器を取り入れ、西洋音楽の手法も取り入れた独自の「邦楽オーケストラ」とも称される作品を多く生み出しました。代表的な作品としては、富山県の民謡をメドレーにした『とやま』や、和歌山県太地町の捕鯨をテーマにした民謡ミュージカル『鯨ヶ浦奇談』などがあります。

普及活動と晩年

演奏や研究活動に加え、民謡の普及にも力を注ぎました。「三味線譜 日本民謡集」（全17巻、1,020曲収録）をはじめとする多数の三味線楽譜集や、民謡歌詞集、研究成果をまとめた書籍などを出版し、多くの人々に民謡と三味線の魅力を伝えることに貢献しました。長年の功績が認められ、2005年には財団法人日本民謡協会より「技能章」が贈られています。

2008年、古稀を迎えたことと体調不良もあり、演奏活動からは事実上身を引きましたが、楽譜集の出版や民謡専門誌での執筆活動は精力的に続け、多くの人々に影響を与え続けました。2012年1月4日、心不全のため自宅で逝去。享年74歳でした。

千藤幸蔵は、伝統的な民謡三味線の世界にありながら、西洋音楽の知識を融合させ、研究者としての深い探求心と、独自の創作活動によって、民謡三味線の新たな可能性を切り開いた稀有な存在として、日本の民謡史にその名を刻んでいます。

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