卍 (小説)

複雑に絡み合う愛欲の物語『卍』

谷崎潤一郎の代表作の一つに数えられる長編小説『卍』。本作は、複数の男女間の愛欲が複雑に絡み合い、読者を魅了する物語です。1928年から1930年にかけて雑誌『改造』に断続的に連載され、1931年に単行本として刊行されました。

物語は、日本画を愛する女性・園子の視点から語られます。彼女は夫・孝太郎がいるにも関わらず、女子技芸学校で出会った徳光光子という女性と密接な関係を築きます。二人の関係は当初は噂程度でしたが、次第に深まり、やがて園子の夫にも知られることになります。この時点で、園子と光子の関係は既に同性愛を超えた複雑な感情のもつれ合いを示唆しています。

光子自身も、綿貫栄次郎という婚約者を持ちながらも、園子との関係を継続するだけでなく、男性とも関係を持つという、奔放な女性として描かれています。綿貫は、光子の同性愛の噂に動揺し、関係に終止符を打つことを決意します。しかし、園子と光子の関係は、誓約書の作成という形でさらに複雑さを増していきます。そして、その誓約書が新聞社に漏洩したことで、二人の関係は世間に明るみに出ることになります。

この物語における「卍」というタイトルは、複数の男女関係が複雑に交錯する様を表しています。まるで幾重にも絡み合った糸のように、登場人物たちの関係は複雑怪奇に展開し、読者に強い印象を与えます。谷崎潤一郎独特の繊細な描写と、大阪弁を巧みに用いた表現は、物語に独特の雰囲気と深みを与えています。

『卍』は、単なる恋愛小説としてだけでなく、当時の社会風俗や性に関する考え方を反映した作品としても評価されています。同性愛、異性愛、そしてそれらを超えた複雑な感情が、リアルに、時に過激に描かれています。

また、本作は数多くの映画化、ゲーム化もされており、時代を超えて人々の関心を集め続けています。1964年の増村保造監督による映画化を皮切りに、1983年、1985年、1998年、2006年、そして2023年と、様々な監督によって映像化されています。それぞれの作品で、時代背景や解釈の違いによって異なる『卍』の世界が表現されている点も興味深いでしょう。1983年には、映画化に合わせてパソコンゲーム（アダルトゲーム）も開発・販売され、多様なメディアで『卍』の世界が展開されてきました。

『卍』は、時代を超えて読み継がれる谷崎潤一郎の代表作であり、その複雑で魅力的な物語は、現代においても多くの読者を惹きつけてやみません。登場人物たちの奔放な行動や、彼らの心の奥底にある感情の揺らぎは、読者に多くの問いかけを投げかけ、深い余韻を残します。 谷崎潤一郎の文才と、複雑な人間関係の描写は、読者に忘れがたい読書体験を与えてくれるでしょう。

参考文献

谷崎潤一郎『卍』（改）新潮社〈新潮文庫〉、1998年1月
笠原伸夫 編『新潮日本文学アルバム7 谷崎潤一郎』新潮社、1985年1月
* 『文藝別冊 谷崎潤一郎――没後五十年、文学の奇蹟』河出書房新社〈KAWADE夢ムック〉、2015年2月

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