笠原伸夫

笠原伸夫：近代文学研究の深淵を究めた巨匠

1932年北海道小樽市に生まれた笠原伸夫氏は、2017年にその生涯を閉じました。日本大学名誉教授として知られる氏は、日本近代文学研究者にして文芸評論家として、卓越した業績を残しました。その研究領域は多岐に渡り、中世文学から出発し、近代文学、そして現代の短歌や俳句にまで及ぶ広大な知識と洞察力によって、多くの読者や研究者たちに影響を与え続けました。

初期の研究活動においては、中世文学に焦点を当て、その美意識や世界観を深く探求しました。1967年には『中世の発見』と『中世の美学』を相次いで刊行し、早くからその名を知らしめました。これらの著作は、中世文学研究における重要な貢献として高く評価されています。

その後、笠原氏は近代文学へと研究対象を広げ、特に近代文学作品に表現される「情念」というテーマに強い関心を抱きました。人間の心の奥底に潜む複雑な感情を、文学作品というフィルターを通して鋭く分析し、独自の解釈を提示しました。代表的な著作として、『虚構と情念』が挙げられます。この作品では、近代小説における虚構と、そこに表現される人間の情念との複雑な関係性を明らかにし、新たな文学批評の視点を提示しました。

また、笠原氏は特定の作家への深い造詣も持ち合わせていました。特に泉鏡花と谷崎潤一郎の作品は、繰り返し論考の対象となっています。その鋭い洞察は、両作家の作品に隠された美学や心理構造を鮮やかに解き明かし、彼らの作品をより深く理解する上で貴重な知見を提供しました。『泉鏡花 美とエロスの構造』や『谷崎潤一郎 宿命のエロス』といった著作は、その代表例と言えるでしょう。これらの著作においては、単なる作品紹介にとどまらず、当時の社会状況や文化風習との関連性なども考察することで、作品理解を多角的に深めています。

笠原氏の研究は近代文学に留まりませんでした。現代の短歌や俳句についても積極的に論じ、現代詩歌における表現技法や美的感覚を独自の視点から分析しています。このように、笠原氏の研究活動は、時代やジャンルを超えて、文学の多様な側面に光を当てたものでした。

さらに、笠原氏は多くの著作を執筆しています。これらは、単なる学術論文ではなく、読みやすく、深い洞察に満ちた文章で知られています。数多くの著作の中から、代表的なものを挙げてみましょう。

主な著書

『中世の発見』（思潮社、1967年）
『中世の美学』（桜楓社、1967年）
『美と悪の伝統』（桜楓社、1969年）
『変貌する伝統』（桜楓社、1971年）
『虚構と情念』（国文社、1972年）
『地獄論』（大和書房、1972年）
『泉鏡花 美とエロスの構造』（至文堂、1976年）
『近代小説と夢』（冬樹社、1978年）
『谷崎潤一郎 宿命のエロス』（冬樹社、1980年）
『泉鏡花 エロスの繭』（国文社、1988年）
『文明開化の光と影』（新典社、1989年）
『評釈「天守物語」 妖怪のコスモロジー』（国文社、1991年）
『幻想の水脈から 物語の古層の露出するとき』（桜楓社、1993年）
『評伝泉鏡花』（白地社、1995年）
* 『銀河と地獄-西川徹郎論』（西川徹郎文學館新書、2009年）

これらの著作は、現在も多くの研究者や学生によって参照され、日本の近代文学研究に多大な影響を与え続けています。笠原伸夫氏の功績は、単なる学問的成果にとどまらず、日本の文学文化全体の発展に大きく貢献したものであると言えるでしょう。

もう一度検索