南蛮賊

平安時代の未解明事件：997年の九州襲撃と南蛮賊

長徳3年（997年）、九州沿岸部を襲った海賊集団「南蛮賊」の襲撃事件は、日本史における未解明な謎の一つです。この事件は「筑紫騒動」や「南蛮峰起」とも呼ばれ、当時の朝廷に大きな衝撃を与えました。

事件の概要

前年の長徳2年（996年）には、大隅国への襲撃と400人以上の拉致事件が発生していましたが、大宰府はこれを朝廷に報告しませんでした。翌年の997年、南蛮賊は大宰府管内を襲撃。薩摩、筑後、筑前、壱岐、対馬など各地で略奪や殺害、人々の拉致が行われ、被害は甚大でした。

大宰府の大宰大弐、藤原有国は、9月14日に朝廷へ事態を報告する使者を派遣し、各地の要害警備を強化しました。しかし、使者が朝廷に到着したのは10月1日。この報告の遅れも、後に問題視されました。

報告書には、賊徒は奄美大島の人々であり、高麗からの軍船襲来というデマが流れて混乱しているとの記述がありました。朝廷では深夜に緊急会議が開かれ、対応策が協議されました。

11月には、大宰府が約40人の賊徒を討伐したと報告。その後も、998年、999年と追討が続けられ、1020年には薩摩への襲撃も発生しています。

賊徒の正体：謎に包まれた集団

賊徒の正体については、史料によって異なった記述が見られます。『小右記』では「高麗国人」または「奄美嶋人」とされ、『権記』や『日本紀略』では「南蛮」と記されています。『百練抄』では「高麗国人」とされています。

「南蛮」は、東南アジアなどの非漢民族を指す言葉です。しかし、高麗人説、奄美島人説、さらには中国沿岸部やフィリピンからの海賊集団など、様々な説があり、未だ結論は出ていません。

高麗人説を支持する意見としては、襲撃の約4ヶ月前に高麗からの使者が来朝し、問題のある書状を提出したことが挙げられます。この書状の内容は不明ですが、高麗沿岸の襲撃に対する抗議だった可能性も指摘されています。

一方で、被害が九州南部に集中している点、高麗側の記録にこの事件が全く見当たらない点などは、高麗人説の疑問点として挙げられます。奄美島人説についても、当時の奄美に大規模な襲撃を実行できるだけの勢力があったのか、疑問が残ります。

様々な可能性が考えられる中で、奄美島人と高麗人が結託していた、あるいは中国大陸沿岸部やフィリピンからの海賊集団が主体だったという説も存在します。

喜界島と交易都市：事件の新たな側面

大宰府は、998年に喜界島（貴駕島）への追討命令を出しました。この事実は、喜界島に当時の朝廷の影響力が及んでいたことを示唆しますが、直接的な支配は及んでいなかった可能性も考えられます。

1990年代に喜界島で発見された城久遺跡群は、この推測を裏付けるものです。300棟以上の建物跡や多様な遺物が出土し、喜界島に大規模な交易都市が存在していたことが明らかになりました。出土品からは、日本本土、沖縄、朝鮮半島など多様な地域との交易があったことが分かります。

未解明な点と今後の課題

997年の南蛮賊襲撃事件は、賊徒の正体、襲撃の動機、朝廷の対応など、多くの謎を残したままです。今後の研究によって、新たな史料の発見や分析が進み、この事件の全貌が明らかになることが期待されます。この事件は、平安時代の国際情勢、東アジアの海洋交易、そして周辺地域の文化交流を考える上で重要な研究対象であり続けるでしょう。

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