反党小説劉志丹事件

小説『劉志丹』事件は、1960年代に中華人民共和国で発生した、革命家・劉志丹の生涯を描いた伝記小説を巡る政治事件です。この小説が中国共産党への攻撃や失脚した政治家の名誉回復を意図したものと見なされ、関係者が次々と弾圧される結果を招きました。

劉志丹は、1920年代から中国共産党の軍人として活躍し、特に中国西北部における革命根拠地の建設に重要な役割を果たしました。彼は長征において部隊を率い、高崗をはじめとする同志たちと共に、陝甘辺ソビエト政府（陝北省ソビエト政府）の確立に尽力しました。1936年2月21日、毛沢東が提起した「北上抗日」の指示に基づき東征を開始したものの、山西省で閻錫山が率いる国民党軍との戦闘に敗れ、同年4月14日、退却中に銃弾に倒れ戦死しました。彼の死後、故郷の保安県は志丹県と改名され、大規模な追悼集会が催されるなど、その功績は高く評価されました。

戦後、劉志丹の功績を称えるため、1954年には中央宣伝部の指示により、彼を題材とした伝記小説の執筆が開始されました。著者は、劉志丹の弟である劉景范の妻であり、自身も陝北での革命活動経験を持つ李建彤でした。李建彤は1959年に初稿を完成させ、その後、かつて陝北省ソビエト政府の主席を務め、当時は国務院副総理であった習仲勲の助言を受けながら改稿を進め、1962年に作品を完成させました。

完成した小説には、すでに失脚していた高崗や、1930年代に極左偏向路線を主導したとされる王明に関連する描写が含まれていました。このため、陝北地域の党責任者であった賈拓夫は、中央宣伝部に小説の審査を求めました。審査にあたった周揚副部長は、内容に問題はなく出版可能との結論を下し、小説は世に出ることとなりました。作品は『光明日報』、『工人日報』、『中国青年報』などで連載が始まりました。

しかし、小説の連載が始まると、雲南省委員会第一書記であった閻紅彦が発表に反対を表明。小説の内容は党中央による評価を要すると主張しました。この報告を受けた康生は、楊尚昆に対し、本件を「政治問題」として厳正に対処するよう指示しました。同年8月、第8期中央委員会第10回全体会議の予備会議において、小説『劉志丹』は失脚した高崗の名誉を回復し、党を攻撃する意図を持つ文書であると指摘されました。さらに9月24日に開催された第8期十中全会で、毛沢東は「小説を用いて反党反人民を行うとは、これは一つの偉大な発明である」と厳しく批判しました。

この毛沢東の批判を契機として、小説に関わった習仲勲、賈拓夫、劉景范らは「反党集団」と認定され、厳しい処分が下されました。習仲勲は党内外の全ての職務を解任され地方へ追放（下放）され、賈拓夫は北京鉄鋼公司の副経理に降格されました。

1966年に文化大革命が勃発すると、康生、江青、林彪といった勢力は、『劉志丹』事件の関係者への攻撃をさらに強化しました。1967年には、『人民日報』に姚文元が執筆した「反革命両面派周揚を評す」と題する文章が掲載され、かつて出版許可を与えた周揚は、党と国家の権力を奪う陰謀を企てていたと批判され、身柄を拘束されました。執筆者の李建彤は1970年に党から除名され労働改造処分に付され、賈拓夫も激しい迫害の末に自殺に追い込まれました。本事件に関連して「西北反党集団」として糾弾された人々は、全体で6万人にも及んだとされています。

さらに、事件のきっかけを作った閻紅彦自身も「反革命分子」として激しい弾劾を受け、最終的に自殺しました。かつて毛沢東に英雄と称えられた劉志丹自身も、紅衛兵によって「反党分子」「裏切り者」と罵倒され、その記念碑が破壊されるに至るなど、影響は広範に及びました。

文化大革命終結後の1978年、第11期中央委員会第3回全体会議（三中全会）を機に、本事件のような冤罪事件の再評価が進められました。翌1979年、「小説劉志丹の名誉回復に関する報告」がまとめられ、小説は「素晴らしい革命文化作品」であると再評価され、高崗の再評価問題は存在しないと結論づけられました。同年10月には、この小説は再出版されました。しかし、一部の古参党員から、小説の描写には史実と異なる点があるとの指摘がなされました。これを受けて、1986年に習仲勲が再度調査を実施。その結果、「党の歴史的人物に対する描写は歪曲されてはならない」との原則が確認され、胡耀邦総書記の指示により、小説は再び発禁処分となりました。その後、小説に描かれた関係者の多くがすでに故人となった2009年になって、ようやく江西教育出版社から再刊が実現しました。

もう一度検索