受胎告知 (ティツィアーノ、サン・サルバドール教会)

ティツィアーノの『受胎告知』：晩年の到達点

『受胎告知』は、ルネサンス期のヴェネツィア派の巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1559年から1564年にかけて制作した油彩画です。この作品は、彼の最晩年を代表するものであり、非常に自由で大胆な筆遣いが特徴です。アンコーナのコルノーヴィ・デッラ・ヴェッキア家からの依頼で制作され、『変容』、『磔刑』とともに三部作を構成します。

制作の背景

コルノーヴィ・デッラ・ヴェッキア家は、ヴェネツィアからアンコーナに移住した裕福な商人一族です。ティツィアーノは、1558年に同家からの依頼でアンコーナのサン・ドメニコ教会のために『磔刑』を制作しています。その後、『受胎告知』は1559年5月にアントニオ・コルノーヴィ・デッラ・ヴェッキアの遺言によって発注され、1566年にジョルジョ・ヴァザーリがヴェネツィアを訪れた頃には完成していたと考えられています。完成した絵画は、ヤーコポ・サンソヴィーノが設計したとされる南通路の3番目の祭壇に設置されました。

作品の特徴

ティツィアーノは、画面を上下に分割し、下部には聖母マリアと大天使ガブリエルを配置しています。聖母マリアは、天使の出現にやや驚きを覚えつつも、ヴェールを持ち上げています。通常、聖告を受ける際の聖母のポーズは両腕を胸の前で交差させるものですが、この作品では逆にガブリエルがそのポーズをとっています。これは、ティツィアーノが聖告の直後の瞬間を描いているためです。ガブリエルは、聖母に伝えた言葉の意味と受肉の神秘に畏敬の念を抱いています。そのため、ガブリエルは白い百合の花を持っておらず、翼は柔らかい羽毛ではなく、黒い金属のように描かれています。

画面右下には、無原罪の御宿りを暗示するラテン語の碑文「燃えるが焼き尽くすことのない火」が記されており、背景には預言者モーセが目撃したとされる、燃え盛る茨の炎が描かれています。

画面上部では、天使たちが聖母マリアを祝福し、天から降り注ぐ光とともに一羽の鳩が現れます。ティツィアーノは、晩年特有の大胆な筆致と色彩を用いて天使の姿を描き出しています。天の光の表現は特に顕著であり、顔料が溶け合い、光の柱となって爆発し、受胎によって始まる新しい時代の夜明けを告げているかのようです。

作品の評価と解釈

ティツィアーノの晩年の作品は、その筆致の速記性や大雑把さから、長い間評価が定まっていませんでした。その筆遣いは、芸術家としての力量の低下や視力の衰えによるものと見なされていたのです。古い逸話によると、サン・サルバドール教会の修道僧が分業制作を疑ったため、ティツィアーノは絵画に二度署名したと伝えられています。ジョルジョ・ヴァザーリも『受胎告知』と『変容』について、「ティツィアーノ自身によってそれほど高く評価されておらず、実際、彼の他の絵画の完成度には及ばない」と述べています。

しかし、印象派以降、晩年の作品群はティツィアーノの画業の到達点として受け入れられるようになりました。現代においても、美術史家チャールズ・ホープは『受胎告知』を、「嫌われる濁った色彩、物質的な様式、聖母の気取ったポーズ、あるいはガブリエルのひどく描かれた姿と不適切な身ぶり」を用いて描かれたと批判しています。一方、ダニエラ・ボーデは、「濁った色彩」と人物の身体性が『受胎告知』の構成を非常に良いものにしていると評価しています。

ボーデは、「ティツィアーノの絵画は、究極的には、受肉のテーマの中核である、無形の物質から物質への変容を扱っている」と述べています。聖母の神の受肉という主要なテーマは、大量に注ぐ光の奥の鳩とともに考察することで理解できます。また、ティツィアーノは、この作品をヴェネツィアの都市神話と直接的に結び付けていません。ボーデが指摘するように、「ティツィアーノは、赤と白のタイル張りの床と柱の列を介して『受胎告知』の空間とサン・サルバドール教会の内部をつないでいるに過ぎません。これらの機能は、絵画と実空間を統合するのに役立ちますが、それほどヴェネツィア的ではありません」。

修復の歴史

1648年、カルロ・リドルフィは『受胎告知』がドイツ出身の画家フィリップ・エセンレンによって下手な修復を受けたと述べています。その後も修復は繰り返され、1733年にはザネッティが、1821年から1823年には新古典主義の画家ラッタンツィオ・ケレナが修復を行いました。1896年には、表面から獣脂蝋燭の油が除去され、1988年から1989年の修復では、古い塗り直しと変色したニスが取り除かれました。

他のバージョン

『受胎告知』には、トレヴィーゾ大聖堂、ヴェネツィアのサン・ロッコ大同信徒会、ナポリのカポディモンテ美術館に所蔵されている異なるバージョンも存在します。

まとめ

ティツィアーノの『受胎告知』は、その大胆な筆遣い、独特の色彩、そして聖書の場面に対する革新的な解釈を通して、受肉の神秘を力強く表現した作品です。この絵画は、ティツィアーノの晩年の画業の到達点を示すとともに、美術史における重要な作品として高く評価されています。

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