古市 (伊勢市)

三重県伊勢市古市の歴史と文化：参宮街道の宿場町から歓楽街へ

古市は、三重県伊勢市にある地名です。伊勢神宮の内宮と外宮の中間地点に位置し、参宮街道沿いに広がる古市丘陵の一部を指す場合と、古市町そのものを指す場合があります。古くから伊勢参りの拠点として栄え、独特の歴史と文化を育んできました。

江戸時代以前：静かな丘陵地

江戸時代以前の古市は、丘陵地帯に位置していたため水利が悪く、集落は小さく、楠部郷の一部に過ぎませんでした。民家はまばらで、静かな場所だったと言えるでしょう。

江戸時代の発展：参宮客と遊郭の隆盛

しかし、伊勢神宮への参拝客が増加すると、古市の様相は一変します。参拝を終えた人々が休息や娯楽を求めるようになり、精進落としの需要が高まったのです。この需要に応える形で、遊郭が次々と建設され、古市は歓楽街として発展を始めました。

江戸時代前期には、茶立女や茶汲女と呼ばれる遊女を置く茶屋が登場し、元禄時代頃には高級遊女を抱える大店も現れました。寛政6年（1794年）の大火で大きな被害を受けましたが、かえって遊郭の数は増加し、天明時代（1781～1789年）には、70軒もの妓楼と1000人以上の遊女がいたと言われています。浄瑠璃小屋も数軒あり、当時の賑わいは凄まじかったと伝えられています。「伊勢参り　大神宮にもちょっと寄り」という川柳が、その活況を物語っています。十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも登場するほど有名な場所でした。

江戸時代後期には、北の倭町から南の中之町まで、娼家や酒楼が軒を連ね、江戸の吉原、京都の島原と並んで三大遊郭、あるいは五大遊郭の一つとして数えられるほどに発展しました。代表的な妓楼として、備前屋（牛車楼・桜花楼とも呼ばれた）、杉本屋（華表楼とも）、油屋（油屋騒動で有名）、千束屋（『東海道中膝栗毛』に登場）などが知られています。

明治時代以降：衰退と新たな姿

明治時代に入ると、古市丘陵を迂回する道路が整備され、古市の遊郭は衰退を始めました。繁華街の中心は新道に移り、古市の賑わいは失われていきました。明治5年（1872年）には貸座敷33件、娼妓640人だったのが、昭和初期（1930年代）には22件、135人にまで減少しました。そして第二次世界大戦中の空襲で、残っていた芝居小屋や遊郭も壊滅しました。20世紀後半には、麻吉という旅館が1軒残るのみとなりました。この麻吉は、古市丘陵の斜面に位置する階段状の木造6階建ての建物で、明治時代には楼上からの眺望がよい料理屋兼旅館「聚遠楼」として知られていました。

伊勢音頭と古市

古市の遊郭の中でも、備前屋、杉本屋、油屋は特に有名でした。中でも備前屋は、古市屈指の大楼閣で、大広間「桜の間」を持ち、そこで客をもてなすために、遊女たちが伊勢音頭を唄い踊る「亀の子踊り」が有名でした。当時の伊勢音頭は、参宮街道の「間の山節」に念仏踊りを混ぜたようなものだったと言われています。興味深いことに、京都祇園甲部の都をどりはこの亀の子踊りを参考に、明治5年（1872年）に始められたと言われています。備前屋の伊勢音頭や、伊勢神宮の遷宮の御木曳（おきひき）の木遣り歌などが、「荷物にならない伊勢土産」として全国に広まり、現在も「伊勢音頭」として各地で受け継がれています。

伊勢歌舞伎

伊勢歌舞伎も古市と深く関わっています。全国的に知られており、役者の登竜門として有名で、七世市川團十郎や五世松本幸四郎、三世尾上菊五郎なども舞台に立っています。江戸や上方に出る前に、まず古市で名を上げようとする役者も多かったそうです。しかし現在では、その繁栄を示すものはほとんど残っておらず、わずかに資料館で歌舞伎の台本などを見ることができるのみとなっています。

交通アクセス

古市には、参宮街道（伊勢街道）が南北に走っており、御木本道路と御幸道路（県道37号・12号）というバイパス道路に挟まれています。これらのバイパス道路は徒歩圏内ですが、古市は高台にあるため、徒歩での移動は多少困難です。また、南部を伊勢自動車道が横断し、伊勢西ICと伊勢ICのいずれにも近接しています。公共交通機関としては、三重交通バス伊勢市内A線が運行しており、30分に1本程度の頻度で運行されています。正月などの混雑期には、一部区間で運休となる便もあります。最寄りの鉄道駅は、近畿日本鉄道五十鈴川駅です。当初は「古市口」駅とする予定でしたが、大阪府にある同社の古市駅との混同を避けるため、現在の駅名となりました。かつては三重交通神都線が走っており、古市北側に古市口電停がありましたが、現在はバス停の前田古市口バス停に相当します。

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