合唱聖歌コンチェルト

合唱聖歌コンチェルト

「合唱聖歌コンチェルト」は、正教会、特にロシア正教会やウクライナ正教会といった東スラヴ地域を中心に発展した、独自の無伴奏合唱曲のジャンルです。「合唱コンチェルト」や単に「コンチェルト」と呼ばれることもありますが、西欧における同名のジャンルとは区別されます。

音楽的特徴

このジャンルの最も顕著な特徴は、正教会の聖歌の伝統に従い、一切の器楽伴奏を用いない無伴奏声楽（アカペラ）である点です。曲は、複数のソロ歌手と合唱全体（トゥッティ）の対比と組み合わせによって構成されます。ソリストによる技巧的な旋律と、力強い合唱による応答や展開が織りなされ、豊かな音楽的表現を生み出します。これは、西欧のバロック期における協奏曲（コンチェルト）の形式、すなわちソロとオーケストラの対比構造を、無伴奏合唱という形式に取り入れたものと言えます。

歌詞と教会における位置づけ

合唱聖歌コンチェルトの歌詞は、正教会で日々の礼拝（奉神礼）の中で歌われる祈祷文から直接採られたものではありません。多くは旧約聖書の聖詠（詩篇）から抜粋されていますが、中には聖詠以外のテクストを用いた作品も見られます。

そのため、このジャンルは伝統的に奉神礼そのものを構成する不可欠な聖歌とは見なされていませんでした。しかし、歴史的な変遷を経て、特に20世紀以降、限定的な形で奉神礼に用いられるようになります。具体的には、聖体礼儀における神品（聖職者）の領聖（聖体を受ける儀式）の間など、通常は沈黙や他の聖歌が歌われる時間に、説教に代わる音楽的な役割として演奏されることがあります。ただし、楽曲の規模が大きく演奏が難しいものが多いため、日常的にすべての教会で歌われるわけではなく、高い水準の合唱団（詠隊）を持つ教会や特別な機会に限られています。

歴史と発展

無伴奏声楽によるコンチェルト形式の合唱曲は、既に17世紀から18世紀にかけて、マクシム・ベレゾフスキーやニコライ・ディレツキーといった作曲家によって手掛けられていました。しかし、このジャンルを芸術的に高め、確立した功績は、ドミトリー・ボルトニャンスキー（1751-1825）に帰せられます。彼はこの形式で35曲の単一合唱団のためのコンチェルトと、2つの合唱団が歌い交わす壮麗な形式のコンチェルトを10曲作曲しました。

ボルトニャンスキー以降も、アレクサンドル・アルハンゲルスキーやセルゲイ・ラフマニノフといった著名な作曲家たちが合唱聖歌コンチェルトを作曲し、この伝統は引き継がれていきました。

前述のように、登場初期から19世紀末にかけては、このジャンルは教会の奉神礼の場ではなく、外国からの賓客を歓迎する際や、コンサートのような演奏会といった、より世俗的な、あるいは儀礼的な場で演奏される性格が強いものでした。これが20世紀初頭以降、徐々に奉神礼の中、特に聖体礼儀において説教の代替として歌われるようになり、今日に至っています。

主な演奏地域

合唱聖歌コンチェルトの伝統は、主にロシア、ベラルーシ、ウクライナといった東スラヴ地域の正教会で形成・発展しました。これらの地域の教会から派生した、アメリカ正教会や日本正教会、西ヨーロッパの正教会などでも、このジャンルの楽曲が歌われています。これに対し、ギリシャ正教会などで用いられるビザンティン聖歌や、グルジア正教会で歌われるグルジア聖歌など、独自の聖歌伝統を持つ他の地域の正教会では、それぞれの土地の様式に則った聖歌が歌われるのが一般的であり、合唱聖歌コンチェルトはあまり普及していません。

合唱聖歌コンチェルトは、正教会の厳格な無伴奏聖歌の伝統の中にありながら、西欧の音楽形式を取り入れ、ロシアを中心に独自の発展を遂げた、教会音楽史においてもユニークな位置を占めるジャンルと言えます。

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