合巻

江戸時代の娯楽小説：合巻の世界

合巻（ごうかん）は、江戸時代後期、寛文期以降に出版された草双紙（挿絵入りの娯楽小説）の最終形態として知られています。それまでの草双紙は、数枚の紙を綴じた小冊子でしたが、合巻は5巻を1冊にまとめた点が大きな特徴です。1807年（文化4年）頃に登場し、19世紀末まで広く読まれました。美濃紙の半紙を二つ折りにして作られた中型本で、初級読者層をターゲットとしていました。

合巻の誕生：黄表紙の衰退と新たな潮流

合巻の隆盛には、それ以前の草双紙である黄表紙（きようびょうし）の動向が深く関わっています。赤本、黒本、青本と時代を下って発展してきた黄表紙は、洒落や滑稽、風刺を交えた物語で人気を博していました。しかし、松平定信による寛政の改革で多くの黄表紙が禁書となり、黄表紙の世界に大きな変化が訪れます。

この状況下で、黄表紙の作者たちは長編作品へと方向転換を始めます。従来、5枚（5丁）で1巻としていたものを、複数巻を1冊にまとめる「合巻」という形式が考案され、これが新たな潮流となりました。1804年（文化元年）に出版された『東海道松之白浪』の表紙に「全部十冊合巻」と記載されていることから、合巻の原型が既に存在していたことが分かりますが、研究上は、文化4年頃から複数巻を1冊にする傾向が強まり、「全新合巻」などの語が現れた時期を合巻の始まりとみなされています。式亭三馬の『雷太郎強悪物語』（1806年）を合巻の始まりとする説もありますが、これは三馬自身の宣伝と考えられています。

多様な物語：世相を反映した内容

合巻の内容は多岐に渡り、読者の嗜好や時代背景を反映していました。仇討ちや大名家の騒動といった時代劇的な物語から、古典文学の翻案、歌舞伎を題材にしたもの、教訓的な物語、さらには猟奇的なものまで、様々なジャンルが出版されました。

代表的な作者と絵師

合巻には多くの著名な作家と絵師が関わっていました。代表的な作者として、山東京伝、十返舎一九、曲亭馬琴、山東京山、式亭三馬、柳亭種彦、為永春水などが挙げられます。絵師も、北尾重政、歌川豊国、勝川春扇、葛飾北斎、歌川国貞など、当時の第一線で活躍する著名な画家たちが多く参加していました。

装丁と衰退：天保の改革の影響

合巻は、摺付表紙という精緻で美しい装丁が特徴でした。しかし、1841年から1843年にかけて行われた水野忠邦による天保の改革で、贅沢な装丁が禁止されたため、合巻は一時的に衰退します。改革後、再び美しい装丁が復活しますが、為永春水や柳亭種彦といった中心的な作者が既に亡くなっており、作品や作者のレベルは低下していきました。明治時代に入ると、大衆向けの新聞小説の隆盛により、合巻は次第に衰退し、消滅しました。ただし、高木元によると、明治期にも「近世期合巻の後印本」「近世期長期合巻の続編」「明治出来の合巻」「明治期草双紙」の4種類が流通していたとされ、合巻が即座に消滅したわけではないことが分かります。「東京式合巻」の存在も主張されてきましたが、現在は否定されています。

代表的な合巻

ここでは、いくつかの代表的な合巻とそのページ数を示します。（例：50×2は、50ページの冊子が2冊で計100ページという意味です。表紙、裏表紙、口絵、広告などは含みません。）

春水亭元好作、歌川豊国画：『東海道松之白浪』（1804）（50×2）
式亭三馬、歌川豊国画：『雷太郎強悪物語』（1806）（50×2）
山東京伝作、歌川豊国画：『糸車九尾狐』（1808）（30×3）
以下、多数の作品が続きます…（本文では省略）

まとめ

合巻は、江戸時代後期の世相を反映した大衆的な娯楽小説でした。華やかな装丁と様々なジャンルの物語で人気を博しましたが、時代の変化と共に衰退していきました。しかし、その多様な物語と美しい装丁は、今もなお人々の興味を引きつけています。

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