北尾重政

北尾重政：江戸時代中期を彩った浮世絵師とその多様な作品

北尾重政（1739-1820）は、江戸時代中期を代表する浮世絵師であり、北尾派の創始者として知られています。北畠氏の末裔という由緒ある出自を持ち、幼少期から書物に囲まれた環境で育ちました。書肆（本屋）を営む父の影響もあり、幼い頃から暦の版下制作などに関わっていたと伝えられています。

独学で絵を学び、北尾辰宣という上方出身の浮世絵師に影響を受けたと考えられています。辰宣の「ほしいままに描く」という作画姿勢に共感し、重政自身も型にはまらない自由な画風を確立していきました。

重政は、役者絵を得意とする西川祐信や鳥居清満らの様式を参考にしながら、独自の境地を開拓。宝暦末期頃から紅摺絵の制作を始め、明和2年（1765年）には摺物に「花藍」の号で参加し、錦絵の創生期を担う重要な絵師として頭角を現しました。安永、天明期には独自の画風が確立され、美人画、浮絵、草双紙の挿絵など、多岐にわたる作品を生み出しました。

彼の真価は、一枚絵よりもむしろ版本における活躍に顕著に表れています。60点を超える絵本と100点以上の黄表紙挿絵を手掛けたと言われ、その才能は広く認められました。特に安永5年（1776年）に勝川春章と合作した絵本『青楼美人合姿鏡』は、吉原遊廓の風俗を描いた傑作として有名です。他にも春章との合作錦絵『かゐこやしない草』、西洋画の影響が見て取れる『写真花鳥図会』など、多くの代表作を残しています。歌川豊春との合作作品もあり、安永・天明期の浮世絵黄金時代を代表する存在でした。

天明期以降は、絵本や挿絵本の仕事が中心となり、肉筆浮世絵も制作しました。晩年になっても版本挿絵の仕事に携わり続けたことから、重政の読書好き、本への愛情がうかがえます。代表的な肉筆作品には、『摘み草図』（東京国立博物館蔵）、『美人戯猫図』（浮世絵太田記念美術館蔵）などがあります。

重政は、後世の浮世絵界に大きな影響を与えました。鳥居清長、喜多川歌麿といった著名な絵師に影響を与えただけでなく、北尾政演、北尾政美、窪俊満、式上亭柳郊ら、教養豊かな門下生を育成しました。大田南畝は『浮世絵類考』において、重政の死後、浮世絵界の質が低下したと評し、その高い技量を絶賛しています。

重政の作品は、紅摺絵、錦絵、絵本、挿絵など多岐に渡り、その作風は時代を超えて愛され続けています。彼の功績は、単なる浮世絵師としてだけでなく、後進の育成や浮世絵界全体のレベル向上に貢献した点にも見出すことができます。北尾重政は、江戸時代中期における浮世絵の発展に大きく貢献した、まさに時代を代表する巨匠と言えるでしょう。

主な作品

版本挿絵: 『絵本吾妻花』（明和5年）、『絵本三家栄種』（明和8年）、『青楼美人合姿鏡』（安永5年、春章と合作）、『時花兮鶸茶曾我』（安永9年、芝全交作）、『絵本吾妻抉』（天明6年）、『花鳥写真図彙』初編（文化2年）など多数
紅摺絵: 『小姓吉三郎…』（宝暦11年）、『小のゝ小町…』（明和2年）、『しづか…』（明和4年）、『瀬川菊之丞…』（明和4年）など
錦絵: 「屏風前の二美人」（無款）、 「浮世六玉川…」（細判6枚揃）、 「芸者と箱屋」（安永6年頃）、「東西南北之美人」（無款、安永6年頃）、「品川君姿八景」（無款、安永6年頃）など
肉筆画: 『摘み草図』（東京国立博物館蔵）、『美人戯猫図』（浮世絵太田記念美術館蔵）など

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