為永春水

為永春水：江戸時代後期を代表する戯作者の生涯と作品

為永春水（ためなが しゅんすい、1790年～1844年）は、江戸時代後期を彩った傑出した戯作者です。数々の筆名を使い分け、人情本というジャンルで人気を博しました。本名は佐々木貞高、通称は長次郎。その多彩な人生と、現在も読まれる作品群について見ていきましょう。

波乱万丈の生涯

為永春水の幼少期や生い立ちについては、詳しい記録が残されていません。若き日は古着商や古本商を営んでいたと伝えられています。文化10年頃（1813年頃）には「青林堂」という書肆を開業し、越前屋長次郎を名乗るようになりました。


戯作者への道を志した春水は、柳亭種彦に近づき、式亭三馬に師事して研鑽を積みました。文政2年頃（1819年頃）からは、為永正輔、為永金竜といった芸名で講釈師としても活動し、「堀川清談」などの世話講談を披露していました。伊東燕晋に師事したという説もあり、為永正介の名で高座に上がっていた時期もあったようです。林屋正蔵に師事した経験も持ち、文名を獲得した後も講釈師としての活動を継続していたといいます。


文政4年（1821年）、二世南仙笑楚満人という名で、滝亭鯉丈と合作した『明烏後正夢』を出版。この作品は全33巻に及ぶシリーズとなり大ヒットを記録しました。その後も精力的に作品を発表し続けましたが、松亭金水、駅駒駒人、文亭綾継など、多くの助作者や代作者を擁する組織「為永連」を率いての執筆活動も盛んに行われました。


文政7年頃（1824年頃）には、青林堂は年間10点以上の地本を発行するまでに成長しました。その一方で、曲亭馬琴の作品を無断で再版したこともあったため、作者から激怒されたというエピソードも伝えられています。出版業の傍ら、歯磨き粉の販売も手がけていたようです。


文政11年頃（1828年頃）から助作者や代作者たちが春水の元を離れていくようになり、文政12年（1829年）に「為永春水」の筆名を用いるようになりました。しかし同年3月、火災により青林堂は焼失。再び金竜山人として講釈師に転じます。


天保3年（1832年）、春水は『春色梅児誉美』を刊行し、人情本の第一人者としての地位を確立しました。その後は、版元からの依頼に応じて作品を次々と発表しましたが、多忙になると再び「為永連」による合作の形をとることが多くなります。現在、春水単独の作品とされているのは、『吾嬬春雨』『春色梅児誉美』『春告鳥』の前半部のみです。


天保12年（1841年）暮れには、天保の改革下、人情本の内容が淫靡であるとして、北町奉行・遠山景元の取り調べを受け、翌年には手鎖50日の刑に処せられました。この事件をきっかけに、深酒を重ね、重度の神経症を患うことになります。そして天保14年（1843年）暮れに、享年54歳で世を去りました。築地本願寺中の妙善寺で葬儀が執り行われ、現在では世田谷区烏山五丁目の同寺墓地に埋葬されています。


没後、門弟の染崎延房が二世為永春水を名乗りました。春水には為永春雅（講釈師の伊東荘流）という弟子もいました。春水の文業は、後の硯友社の作家たち、岡鬼太郎、永井荷風らにも多大な影響を与えたとされています。

代表作と主な作品

為永春水の作品は、人情本を中心に多岐に渡ります。多くの作品は「為永連」による合作ですが、その中でも代表作として挙げられるのは『春色梅児誉美』です。


その他にも、『明烏後正夢』『吾嬬春雨』『春告鳥』など、多くの作品を残し、江戸時代の世相や人々の生活を鮮やかに描き出しました。これらの作品は、現在でも高い評価を受けており、現代の読者にも大きな魅力を与え続けています。

後世への影響

為永春水は、数々の傑作を生み出しただけでなく、後世の作家たちにも大きな影響を与えました。特に、人情本というジャンルにおける彼の功績は高く評価されており、現代の作家や研究者からも注目を集め続けています。


彼の作品は、単なる娯楽作品としてだけでなく、江戸時代の社会状況や人々の生き様を理解する上で重要な資料となっています。そのため、歴史研究においても、為永春水の作品は重要な位置を占めています。


為永春水は、その波乱に満ちた生涯と、多様な作品群を通して、今もなお人々に深い感銘を与え続けている、江戸時代を代表する戯作者と言えるでしょう。

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