合羽摺

合羽摺：上方発祥の浮世絵彩色技法

合羽摺は、日本の浮世絵版画における独特の彩色技法です。主に上方（京都・大阪）で発展し、江戸時代の錦絵とは異なる魅力を持っていました。

合羽摺の誕生と背景

初期の木版画は、主に単色の墨摺りが主流でした。しかし、需要の増加に伴い、彩色版画への要望が高まりました。最初は、墨摺りの後に筆で彩色する手法が用いられましたが、より効率的な彩色技法の開発が求められました。

合羽摺は、そのような背景から生まれたと推測されます。享保年間（1716～1736）の絵本『聖泰百人一首』の扉絵が、合羽摺を用いた最古の例とされています。蘇州版画や友禅染の型紙の影響を受けたという説もありますが、大津絵での先行例や、職人の独自開発という説も存在します。

上方では、18世紀後半から19世紀後半にかけて盛んに用いられました。江戸の錦絵が流入したあとも、合羽摺は独自の地位を保ち続けました。

合羽摺の手法

合羽摺は、輪郭線を印刷した主版の上に、防水加工した紙をくり抜いた型紙を置き、その型紙を通して顔料を刷毛で塗り重ねる技法です。型紙は色ごとに用意され、色数だけ型紙が必要になります。防水紙を用いることから「合羽」の名が付けられました。

この手法は、版木を用いた錦絵に比べて、制作が容易でコストが安く、納期も短縮できるという利点がありました。また、馬連（版画の際に版木と紙を密着させるための道具）を使用しないため、錦絵よりも薄く安価な紙を使用することができました。

しかし、欠点もありました。版木摺りに比べて細密な表現が難しく、色むらが生じやすいこと。重ね刷りすると下の色が埋もれてしまうこと。型紙の縁に顔料が溜まりやすく、はみ出しやすいことなどです。また、安価な紙を使用していたため、現存する作品数は少ないと考えられます。

合羽摺の特徴と画題

合羽摺は、錦絵に比べて線がやや太く、柔らかな表現が特徴です。また、色彩もやや淡い傾向があります。

上方での合羽摺の画題は、役者絵や「練物」（当時流行した菓子や料理の絵）が多く、判型は細判が主流でした。一方、錦絵は大判や中判が主流でした。

伊藤若冲と合羽摺

浮世絵師ではない伊藤若冲も、『花鳥版画』において木版摺と合羽摺を併用しています。若冲は、親族に西陣織業者を有していたことから、友禅染の技法を応用した可能性が指摘されています。

長崎での合羽摺

長崎でも、合羽摺が用いられました。長崎では、唐人（中国人）の新年祝いの風習である年画の制作に合羽摺が用いられ、江戸や上方とは異なり、版本から一枚絵への発展過程を経ずに独自に発展しました。

長崎絵の画題は、オランダ人や唐人の風貌や風習、帆船、珍しい動物、出島図など、長崎特有の異国情緒あふれるものが多く描かれました。しかし、1860年代に横浜絵が隆盛し、長崎絵の版行は終焉を迎えます。

まとめ

合羽摺は、その簡便さとコストパフォーマンスの高さから、上方を中心に広く普及した彩色技法でした。錦絵とは異なる独自の表現を生み出し、江戸時代の版画文化に多様な色彩を添えました。その技術や特徴、そして各地域の特色を知ることで、浮世絵版画への理解が深まるでしょう。

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