吉岡実

詩人・吉岡実の軌跡

日本の現代詩壇において、超現実主義的な幻視と日常が溶け合う独自の詩世界を構築した詩人、それが吉岡実（1919-1990）です。詩作のみならず、卓越した感性を持つ装丁家としても知られ、戦後モダニズム詩を代表する存在として多大な足跡を残しました。生涯で発表した詩は286篇、手がけた装丁は190点近くに上ります。

生涯の歩み

1919年4月15日、東京市本所に生を受けた吉岡実は、「一度の兵役で外地へ出た以外、東京を離れることがなかった」と述懐するように、その人生の大半を東京で過ごしました。本所高等小学校を卒業後、医学書専門の出版社である南山堂に奉公しながら夜間商業学校に通いましたが、学業は半ばで断念しています。その後、いくつかの書店や出版社で勤務し、文学との関わりを深めていきました。

彼の初期の重要な出来事として、1941年夏の召集が挙げられます。満州へ赴く直前、当時21歳だった吉岡は、それまでに書き溜めた詩をまとめた詩集『液體』の原稿を友人たちに託しました。満州では輜重兵として軍馬の世話にあたっていた彼のもとに、刊行されたばかりの自身の詩集が届けられたというエピソードは、詩人としての原点と厳しい現実とが交差する印象的な一場面です。

1945年11月に復員すると、再び出版業界に戻り、文芸誌「新思潮」に参加。1947年には同誌に詩が掲載され、初めての原稿料を受け取りました。その後、筑摩書房に入社し、編集者として長年勤務。最終的には取締役も務めるなど、出版文化の発展にも貢献しました。

詩作の確立と展開

吉岡実の詩人としてのキャリアに大きな転機をもたらしたのは、1956年の詩人・飯島耕一との出会いです。当時、私家版で刊行した詩集『静物』（1955年）への反響が少なく、詩作を断念することも考えていた吉岡に対し、飯島は創作の継続を強く勧め、詩誌「ユリイカ」周辺の詩人たちが集まる「今日の会」へ導きました。この新たな交流を通じて、吉岡は再び詩作への情熱を取り戻します。

「ユリイカ」誌上には、1957年に「僧侶」、翌年には初めての長篇詩「死児」といった重要な作品が発表され、詩壇での注目を集めます。1958年に書肆ユリイカから刊行された詩集『僧侶』は、翌1959年に第9回H氏賞を受賞し、詩人としての確固たる地位を確立しました。

その後も、飯島耕一、岩田宏、大岡信、清岡卓行らと共に同人詩誌「鰐」を創刊するなど、詩人仲間との刺激的な交流を続けながら、精力的に作品を発表しました。吉岡実の詩は、日常の風景や事物に潜む異様な気配や幻想的なイメージを、繊細かつ研ぎ澄まされた言葉で紡ぎ出すのが特徴です。生と死、肉体と精神、現実と幻想が複雑に絡み合い、静謐でありながらも深い問いかけを含む独特の世界観を提示しました。

代表的な詩集には、『液体』（1941年）、『静物』（1955年）、H氏賞受賞作の『僧侶』（1958年）、『紡錘形』（1962年）、『静かな家』（1968年）、『神秘的な時代の詩』（1974年）、第7回高見順賞を受賞した『サフラン摘み』（1976年）、そして第22回藤村記念歴程賞を受賞した『薬玉』（1983年）などがあります。これらの作品は、時代を超えて多くの読者や後進の詩人たちに影響を与えています。

装丁家としての活動

吉岡実は、詩作と並行して、書籍の装丁も数多く手がけました。彼のデザインは、詩と同様に独自の美意識と静謐な感性を反映しており、装丁家としても高い評価を得ています。生涯にわたって190点近い装丁作品を世に残しました。

晩年と逝去

晩年に近い1989年には、新潟で開催された西脇順三郎の回顧展に出席するため新潟へ赴き、その後、編集者と供に佐渡島へ渡るなど、旅にも出ています。

1990年5月31日、急性腎不全のため、東京の病院で71年の生涯を閉じました。妻・陽子は作家の和田芳恵の娘です。吉岡実が切り拓いた超現実的で幻想的な詩世界と、その卓越した装丁の数々は、今なお多くの人々に影響を与え続けています。

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