向井去来

向井去来：蕉門十哲と落柿舎の俳諧師

向井去来は、江戸時代前期を代表する俳諧師の一人です。1651年、肥前国（現在の長崎市）に生まれ、幼少期から優れた才能を発揮しました。8歳で上京し、武芸を修めた後、儒医の兄の縁で堂上家に仕えました。しかし、24、5歳頃には堂上家を辞し、以後は他家に仕えることはありませんでした。

去来の人生は、1684年、宝井其角との出会いを境に大きく変わります。其角を通じて松尾芭蕉の門下に入り、師事するようになりました。1687年には、ついに芭蕉と直接対面。師弟関係を超えた深い親交を育んでいきます。

芭蕉との交流は、去来の俳諧の道を大きく発展させました。1691年には、野沢凡兆と共に蕉風を代表する句集『猿蓑』の編集に携わり、その才能を広く知らしめました。

去来は、京都嵯峨野の落柿舎に居住していました。この落柿舎は、芭蕉が『嵯峨日記』を執筆した場所としても有名で、去来と芭蕉の深い結びつきを象徴する場所となっています。

晩年、去来は芭蕉の俳諧に関する思想をまとめた『去来抄』の草稿を残しました。これは、芭蕉の俳諧を理解する上で重要な資料として、現在も高く評価されています。『去来抄』以外にも『旅寝論』や『伊勢紀行』などの作品を残しており、これらは去来の豊かな感性と深い教養を示すものです。

去来の句は、自然への鋭い観察眼と、洗練された表現技巧が特徴です。例えば「秋風や白木の弓に弦はらん」という句は、秋の静けさと弓の張り詰めた緊張感を巧みに表現しています。「湖の水まさりけり五月雨」は、五月雨の降りしきる情景を、簡潔ながらも鮮やかに描き出しています。

これらの句は、芭蕉の俳諧から多大な影響を受けている一方で、去来独自の感性と視点が光っています。去来は、単なる芭蕉の弟子ではなく、独自の境地を開拓した俳諧師であったと言えるでしょう。

高潔で篤実な人柄から、芭蕉をはじめ多くの俳人たちから慕われ、「西国三十三ヶ国の俳諧奉行」と称されるほどでした。その人徳も、去来の俳諧人生を彩る重要な要素であったと言えるでしょう。

去来の生涯と作品は、江戸時代前期の俳諧文化を理解する上で欠かせないものです。彼の残した句や著作は、現代においても多くの俳人や文学愛好家に読み継がれ、その魅力は色あせることがありません。 去来の生きた時代背景、その時代の俳諧界の状況、そして去来自身の境遇を理解することで、彼の作品が持つ深みと奥行きをさらに味わうことができるでしょう。

主な句

秋風や白木の弓に弦はらん
湖の水まさりけり五月雨
とととひはあの山越つ花盛り
尾頭のこころもとなき海鼠哉
螢火や吹とばされて鳰の闇
鳶の羽も刷ぬはつしぐれ
応々といへど敲くや雪の門
岩鼻やここにもひとり月の客

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