野沢凡兆

野沢凡兆：芭蕉門人から近代俳句への影響まで

野沢凡兆（のざわぼんちょう、生没年不詳-1714年）は、江戸時代前期から中期にかけて活躍した俳諧師です。加賀国金沢の出身で、のちに京に移り住み、医業を営んでいました。複数の別名・俳号を用いていましたが、最も知られているのは「凡兆」と「阿圭」です。

芭蕉との出会い、そして『猿蓑』

凡兆は、京で松尾芭蕉に師事しました。二人の出会いは、芭蕉が「笈の小文」の旅を終えた後の元禄元年（1688年）頃と推定されています。芭蕉は凡兆の才能を見抜き、向井去来とともに『猿蓑』の編纂を委ねました。元禄4年（1691年）7月に刊行された『猿蓑』には、凡兆の作品が41句も収録されており、これは芭蕉をも上回る数です。

『猿蓑』編纂中には、芭蕉と凡兆の間に興味深いエピソードが残されています。『去来抄』には、凡兆が句作に迷っていたところ、芭蕉が提案した言葉に不満を示したため、芭蕉が強い言葉で凡兆を叱咤したという逸話が記されています。また、凡兆自身の句を自ら評価せず、芭蕉が他の俳人の句を改作して収録したという逸話も有名です。

強固な自我と芭蕉との距離

凡兆は、強い自我を持つ人物として知られていました。師である芭蕉に対しても、たびたび批判的な意見を示したと言われています。やがて、凡兆は芭蕉から離れていきます。その原因については諸説ありますが、芭蕉への讒訴が関係していたという説が有力です。その後、凡兆は罪に問われ投獄されたとされ、獄中での作品も残されています。

晩年と評価

晩年は、経済的に苦しい生活を送ったとみられます。正徳4年（1714年）春、大坂で没したとされています。

近代において、凡兆は再評価されています。特に、主観的な句風が主流であった元禄時代の俳人の中でも、凡兆は客観的で印象的な句風を持つ俳人として注目を集めました。内藤鳴雪、正岡子規、高浜虚子、室生犀星など多くの近代俳人が、凡兆の客観的な視点と優れた表現力に高い評価を与えています。

代表作『猿蓑』からの選句

『猿蓑』に収録されている凡兆の代表的な句をいくつか紹介します。

市中は物のにほひや夏の月
灰汁桶の雫やみけりきりぎりす
鶯や下駄の歯につく小田の土
呼かへす鮒売みえぬあられ哉
竹の子の力を誰にたとふべき
ながながと川一筋や雪の原
百舌鳥なくや入日さし込む女松原
初潮や鳴門の浪の飛脚舟
上行と下くる雲や秋の天
灰捨てて白梅うるむ垣ねかな
時雨るるや黒木積む屋の窓明り
花散るや伽藍の枢落とし行く
禅寺の松の落葉や神無月

これらの句からは、凡兆の鋭い観察眼と、自然をありのままに表現しようとする姿勢が感じられます。

参考文献

向井去来『去来抄』
高浜虚子『朝の庭』
越智越人『不猫蛇』
正岡子規『俳諧大要』
室生犀星『芭蕉襍記』
斎藤茂吉『童馬山房夜話 第三』
高木蒼梧『俳諧人名辞典』
石川県『石川県史 第3編』
潁原退蔵『潁原退蔵著作集 第十二巻』
尾形仂ほか編『総合芭蕉事典』
日本古典文学大辞典編集委員会編『日本古典文学大辞典 第5巻』
堀切実『芭蕉の門人』
小室善弘『俳人凡兆の研究』

この文章は、野沢凡兆の生涯と作品、そして近代における評価について、既存の文献資料を元に作成されています。新たな発見や研究成果が発表された際には、内容の修正が必要となる可能性があります。

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