君主の鑑

君主の鑑について

『君主の鑑』または『君主の鏡』は、中世ヨーロッパの特有の文学ジャンルで、理想的な君主の姿を提唱するための作品群を指します。この種の書物は、君主を教育することを目的に記され、特に聖職者や神学者たちによって執筆されました。

歴史的背景

このジャンルの起源は、アウグスティヌスの著作『神の国』にまで遡ります。特に第5巻24章では「キリスト教皇帝の幸福」について論じられ、これが後の『君主の鑑』に大きな影響を与えました。8世紀から9世紀にかけてのカロリング・ルネサンス期や、12世紀から13世紀に至る12世紀ルネサンス期には、特にこのジャンルが盛んに発展しました。

教育的目的

『君主の鑑』が持つ特徴として、キリスト教的道徳に基づく理想的な君主の人格描写があります。現実的な政治術ではなく、道徳的な指針を重視し、時には歴史上の君主の言動を引用して教訓を提供します。これにより、君主に求められる徳や責任感を示し、その存在を強化しようとしています。

主な手法と引用

このジャンルでよく使われる手法は「範例の引用」です。これは歴史的背景をもとにした君主の言動を用いて模範や教訓を作る技法です。引用される君主の中でも、旧約聖書のダビデやソロモンといった人物が多く登場しますが、12世紀以降はアレクサンドロス大王やトラヤヌスといった異教の君主も参考にされるようになりました。また、アリストテレスやキケロといった古代の哲学者の影響も徐々に認められるようになります。

学界における位置付け

21世紀初頭においても、『君主の鑑』は研究対象として未開拓の領域が広がっています。その理由としては、作品数が非常に多く、多くのものが写本のままで残されているため、研究が進みにくいという点が挙げられます。加えて、近代的視点からはキリスト教道徳が型にはまっているため、退屈だとされる先入観が影響を与えています。このような状況にもかかわらず、イスラム世界の類似作品との比較研究は行われつつあります。

代表的な作品

中世ヨーロッパの代表的な『君主の鑑』には以下のようなものがあります。

• - アウグスティヌス『神の国』第5巻24章「キリスト教皇帝の幸福とは何か」
• - サン=ミイェルのスマラグドゥス『王の道』
• - オルレアンのヨナス『王の教育について』
• - ソールズベリのジョン『ポリクラティクス』
• - トマス・アクィナス『君主の統治について　謹んでキプロス王に捧げる』

これらの作品は、君主としての責任や理想像に関する重要な示唆を与えており、今日でもその歴史的価値は高く評価されています。

参考資料

このテーマに関心がある読者には、柴田平三郎の「訳者解説 トマス・アクィナスと西欧における〈君主の鑑〉の伝統」をおすすめします。

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