呉道玄

呉道玄：唐代の画聖とその時代

呉道玄（ごどうげん、生没年不詳）は、唐代玄宗の治世を彩った、伝説的な画家です。その名は、山水画に革命を起こした革新者として、現在も広く知られています。本稿では、呉道玄の生涯、画業、そして彼を取り巻いた人々について、詳細に探っていきます。

経歴と才能

河南省禹州市出身の呉道玄は、若い頃から酒を愛し、筆を執る際は必ず酒を酌み交わしたと伝えられています。書道も学んだものの、大成せず、絵画へと才能を開花させました。彼は韋嗣立に仕え、蜀道の山河を目の当たりにしたことで、独自の山水画の画法を確立。その画風は、当時としては画期的なものでした。

その後、玄宗に召し出され宮廷画家となり、「道玄」と改名。内教博士の地位にまで上り詰め、皇帝の許可なくしては絵を描くことすら許されない身分となりました。寧王・李憲の友（従五品下）にまで昇進するなど、高い地位と名声を手にしました。

開元13年（725年）、玄宗の泰山封禅に同行した際、張旭や剣舞の名手・裴旻と出会い、裴旻の剣舞からインスピレーションを得て、画技をさらに研鑽したと伝えられています。この時、韋無忝、陳閎とともに描いた「金橋図」は、「三絶」と称賛されました。

天宝年間には、玄宗より蜀道の嘉陵江の写実を命じられます。驚くべきことに、彼は下絵を描かず、記憶だけでその雄大な景色を描き切ったのです。同じ題材を李思訓が数ヶ月かけて描いた作品と比較され、玄宗から「李思訓の数ヶ月の功、呉道子の一日の跡、みなその妙を極めり」と絶賛されました。

彼の作品は、洛陽や長安の寺院に数多くの壁画として残され、その数は300間にも及んだとされます。段成式の『酉陽雑俎』にも、呉道玄の壁画に関する記述が繰り返し登場します。彼は主に筆と墨のみを用い、彩色は弟子たちが担当しました。特に地獄図を得意としていたようです。また、玄宗の命により描いた鍾馗の画像は、全国で魔除けとして用いられるようになりました。

晩年の逸話として、同時代の著名な画家、楊庭光が、呉道玄の肖像画をこっそり描き、本人を呼びつけて見せたというエピソードが残されています。これに対し、呉道玄は「老夫衰醜、何を用ってか之を図す」と述べ、自らの老いを嘆いたと伝えられています。

画風と評価

呉道玄の画は、人物、仏像、鬼神、動物、山水、建築、植物など、あらゆるジャンルにおいて絶大な評価を受け、「唐代第一」と称されました。同時代の張懐瓘は「筆を下せば神有り。これ張僧繇の後身なり」と評し、晩唐の張彦遠は『歴代名画記』で、顧愷之、陸探微と肩を並べ、張僧繇をも凌駕する存在として位置づけました。さらに、「唯だ呉道玄の迹のみ、六法倶に全く、万象必ず尽し、神人手を仮し、造化を窮極すと謂いつべし」とまで絶賛しています。

張彦遠は、山水画の画法の変革を呉道玄に求め、画の六法の革新者として「画聖」と評しています。晩唐の朱景玄も『唐朝名画録』で、呉道玄を最高位の「神品上」にランク付けしています。段成式も呉道玄の壁画を称える「呉画連句」を作成するなど、その画技は時代を超えて高く評価されています。

呉道玄の画法は、線に抑揚や強弱をつけることで、躍動感と立体感を生み出すものでした。これは六朝時代の画法からの脱却であり、後世の画家たちに多大な影響を与えました。しかしながら、現在、彼の真筆とされる作品は現存していません。

同時代の画家と弟子たち

呉道玄と同時代の画家や弟子たちも、それぞれ独自の才能を発揮していました。楊庭光は仏像画、仙人画などで知られ、呉道玄と並ぶ名声を得ていました。韋無忝は馬や獣の画に長け、陳閎は人物画の名手でした。彼らは呉道玄と協力して「金橋図」を制作しており、唐代の画壇を彩る重要な存在でした。

呉道玄の弟子たち、翟琰、張蔵、李、盧稜伽なども、それぞれの才能で活躍しました。特に盧稜伽は、師の画風を受け継ぎながらも、独自の境地を開拓した画家として知られています。

結論

呉道玄は、唐代の画壇を代表する巨匠であり、その画業は中国のみならず、日本を含む東アジアの美術史に大きな足跡を残しました。彼の作品は現存しませんが、数々の逸話や後世の評価から、その圧倒的な才能と革新的な画風がしのばれます。彼の生涯と画業を学ぶことは、唐代の文化や美術を理解する上で非常に重要なことです。

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