和合恒男

和合恒男：農本主義を実践した教育者

和合恒男（わごう つねお）は、1901年（明治34年）に長野県に生まれ、日本の農本主義者として、また教育者として活動しました。彼は、既存の教育制度に疑問を抱き、農業を基盤とした独自の教育を実践するため、私塾「瑞穂精舎」を設立しました。その生涯は、農本主義の思想と教育実践に捧げられました。

生い立ちと教育への目覚め

和合恒男は、1901年（明治34年）5月10日に長野県東筑摩郡本郷村横田（現在の松本市横田）で生まれました。1919年（大正8年）に松本中学校から松本高等学校文科乙類に進学しますが、画一的な教育に馴染めず、小学校の代用教員を経験します。松本高等学校では、鈴沢寿の薫陶を受け、日蓮主義青年団の妹尾義郎の影響を受けて、松高日蓮主義青年団を結成します。

1922年（大正11年）には東京帝国大学文学部印度哲学科に入学しますが、大学にも魅力を感じず、若人社（日蓮主義青年団本部）に起居し、妹尾義郎とともに日蓮主義の研究に没頭しました。大学在学中の1923年（大正12年）には、野沢中学校の教師として国語・漢文・英語を教え、その後大学を卒業しました。1926年（大正15年）には、長野高等女学校に転任し、同じく国語と英語の教鞭をとりました。

農本主義に基づく教育実践

1927年（昭和2年）3月に結婚後、茨城県友部（現在の笠間市）の日本国民高等学校に教師兼生徒として赴任します。その後、瑞穂精舎設立のため波田学院に住み込み、農業を担当します。この頃、松本女子師範学校で哲学史を講義したり、青年訓練所充当実業補習学校の嘱託も務めました。

1928年（昭和3年）6月20日、瑞穂精舎の塾舎が完成。県有地を借り、赤松林を開墾して自ら畑や水田を整備しました。翌1929年（昭和4年）5月19日には、第一期生8名を迎え、開舎式を行いました。瑞穂精舎では、「行学二道」を教育理念とし、「法華経を中心とした東西の思想研究」「日本精神の涵養」「農作業を通じた人間形成」「心身ともに健全な人間育成」を目標としました。塾生たちは、和合とともに玄米菜食、禁酒禁煙を実践し、早朝からの労働、経典の学習など、師弟一体の共同生活を送りました。

1931年（昭和6年）から1938年（昭和13年）にかけて、折口信夫や国木田独歩などの著名人を講師に招き、14回にわたる講習会を開催しました。講習会では、農業や文化に関する幅広いテーマが取り上げられました。

社会運動への参加と雑誌『百姓』

1931年（昭和6年）2月10日、和合は月刊雑誌『百姓』を創刊しました。この雑誌は、農村の現実や農本主義の思想を広めるためのものでした。また、同年8月には政治団体「日本農民協会」を結成し、自治的な農本政治の確立を目指しました。1932年（昭和7年）には、「三ケ条請願運動」を展開し、農家の負債据え置き、肥料資金補助などを求めましたが、この運動は貴族院で却下されました。

1932年の五・一五事件では、運動に関与した橘孝三郎と交流があったことから、瑞穂精舎も官憲の警戒を受けました。しかし、和合は「赤は赤でも日の丸の赤だ」と言って官憲を追い返したという逸話が残っています。その後、1933年（昭和8年）には、五・一五事件への「国民総懺悔祈誓祭」を明治神宮で実施しました。

1938年（昭和13年）には、「ひのもと会」の結成に参加し、雑誌『百姓』は『ひのもと』と改題されました。これにより、『百姓』は終刊となりました。

その他の活動と晩年

1935年（昭和10年）9月、長野県会議員選挙に当選しましたが、同年10月には肺浸潤のため病に伏してしまいます。病床で執筆した文章をまとめた『和合文叢』が発刊され、療養資金を集めることができました。病状は一時回復しましたが、1938年（昭和13年）には、満洲や朝鮮からの留学生を受け入れ、協和教育を実践しました。1941年（昭和16年）1月には、塾生を送り出した直後に病状が悪化し、同年5月16日に41歳という若さで亡くなりました。

和合は、俳句や短歌を愛し、正岡子規に添削を求めることもありました。また、マハトマ・ガンディーを「ガンジー和尚」と尊敬し、その思想にも関心を寄せていました。訳書に『聖詩集（法句経すなわちダンマパダ）』があります。

年譜

1901年（明治34年）5月10日 - 出生
1914年（大正3年） - 旧制松本中学校入学
1919年（大正8年） - 松本高等学校に入学
1922年（大正11年） - 東京帝国大学文学部印度哲学科に入学
1923年（大正12年） - 東京帝国大学在学のまま野沢中学校の教師として赴任、その後大学を卒業
1926年（大正15年） - 長野高等女学校に転任し、国語・英語を教える
1927年（昭和2年）3月 - 結婚
1927年（昭和2年）3月 - 茨城県友部（現笠間市）の日本国民高等学校に教師兼生徒として赴任
1928年（昭和3年） - 瑞穂精舎設立準備のため、波田学院に住み込み、農業を担当。またこのころ、松本女子師範学校の講師として哲学史を講義したり、青年訓練所充当実業補習学校の嘱託をつとめた
1928年（昭和3年）6月20日 - 瑞穂精舎の塾舎1棟（60坪）の落成式をあげる
1929年（昭和4年）5月19日 - 瑞穂精舎に第1期生を迎え、開舎式を行う
1931年（昭和6年）2月10日 - 月刊雑誌『百姓』を創刊
1931年（昭和6年）8月 - 政治団体「日本農民協会」（事務局＝瑞穂精舎内）を結成
1932年（昭和7年）4月 - 日本農民協会は「三ケ条請願運動」を起こす
1933年（昭和8年）10月 - 日本農民協会を発起者とした「国民総懺悔祈誓祭」を明治神宮で行う
1935年（昭和10年）9月 - 県会議員選挙に当選
1935年（昭和10年）10月 - 肺浸潤のため病床に伏す
1936年（昭和11年）12月 - 『和合文叢』発刊
1937年（昭和12年）5月 - 肺浸潤からの床上げ祝いをする
1938年（昭和13年）10月 - 「ひのもと会」（本部＝三重県宇治山田市）の結成に世話人11人の1人として参加。『百姓』は「ひのもと会」の機関誌になって改題したので、『百姓』は第8巻10号で終刊になる
1941年（昭和16年）1月 - 病状が極度に悪化し、肺結核・喉頭結核の兆候が明らかになる
1941年（昭和16年）5月16日 - 逝去。享年41

脚注

[1] 当時は化学肥料が無かったため、講義からの帰途には大八車に木桶をいくつも積んで家々をまわり、労苦を厭わず人糞を集めて田畑の肥やしとしたという逸話が残っています。また後には牛の糞を金肥として作物の生物循環とするため、牛を一頭飼っていました。
[2] 妻の柳との間に二男三女をもうけました。妻は松林の薪で自炊し、木炭を売ったお金で塩を買って生計を立てるなど、大百姓とはいえ生活はごく質素なものでした。

参考文献

「郷土歴史人物事典 長野」第一法規 1978年
波田町誌編纂委員会『波田町誌 歴史編』波田町教育委員会、1987年3月、1035～1042ページ
* 荻上悦子著「春寂寥 旧制松本高等学校人物誌」 2008年

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