和歌山市歌

和歌山県の中心都市である和歌山市には、自治体の象徴として制定された「和歌山市歌」が存在します。この市歌は、市の歴史と共に変化を遂げており、これまでに四つの異なる世代の歌が公式に採用されてきました。これは日本の多くの自治体歌と比較しても改訂が多い例であり、秋田市の五代に次ぐ頻度として特筆されます。

現在歌われているのは、1955年（昭和30年）7月5日に市制施行66周年を記念して制定された四代目の市歌です。この市歌の正式な呼称には「和歌山市歌」と「和歌山市市歌」という二つの表記が混在しています。市の公式サイトやYouTubeチャンネルなどでは「和歌山市市歌」と表記されることが多い一方で、制定当時の資料や公式発表では「和歌山市歌」と記された例も見られます。

歌詞は、一般的に行われる市民からの懸賞公募ではなく、和歌山県新宮市出身の著名な詩人、佐藤春夫氏に執筆が依頼されました。曲は、その7年前に「和歌山県民歌」を作曲した経験を持つ山田耕筰氏が担当しています。佐藤春夫氏は、和歌山市だけでなく、故郷である新宮市歌や高野町の歌など、和歌山県内の多くの自治体歌や学校の校歌の作詞を手がけており、「作詞料は結構、心魂を込めて作る」という強い思いから、県下からの依頼に対しては全て無償で応じていたと伝えられています。

現行市歌の歌詞には、当時の住友金属工業和歌山製鉄所から排出される煙を指して「豈（あに）煤煙を誇らんや」と、反語を用いて批判的に表現する一節が含まれています。この部分について、元市長の大橋建一氏は「歌う際に違和感があり、近年はほとんど歌われなくなった」と語っています。

現在の四代目市歌が制定される以前には、三つの旧市歌が存在していました。これらの旧市歌に関する詳細な資料は限られていますが、『和歌山市史』第三巻には初代市歌に関するわずかな記述があります。より詳しい情報は、元市長・大橋建一氏の著書『元記者市長の百歌自典』（2012年）や、和歌山市立博物館の学芸員である太田宏一氏が2016年の『研究紀要』第31号に発表した論考「和歌山市歌について」などで紹介されています。

初代「和歌山市歌」は、1922年（大正11年）に市民の愛市精神を高め、自治を振興することを目的として制定されました。市の出身詩人である杉村楚人冠氏を審査委員に迎え、歌詞の懸賞募集が行われ、125編の応募の中から、後に和歌山市に編入された海草郡西和佐村出身の岩橋喜宮一氏の作品が採用されました。しかし、楽譜は現存しておらず、作曲者は不明です。『和歌山市史』では、初代市歌が当時の工業化が進む都市の様子を謳歌する内容であったと記されています。

二代目「和歌山市歌」は、初代から13年を経た1935年（昭和10年）に制定されました。歌詞は初代と同様に懸賞募集されましたが、「該当なし」と判断されました。そのため、審査委員を務めた歌人の土岐善麿氏が新たに作詞し、東京音楽学校の助教授であった下総皖一氏が作曲を担当したとされています。残念ながら、初代市歌と同様に楽譜は現在まで発見されていません。

三代目「和歌山市歌」は、二代目からわずか5年後の1940年（昭和15年）に制定されました。これは、市が企画した皇紀二千六百年記念事業の一環として歌詞を懸賞募集したもので、有田郡広村（現在の広川町）の広村尋常小学校教員、田辺善一氏の応募作が選ばれました。一等入選者には500円という、当時としては異例の破格の賞金が贈られたと言われています。作曲は、現在の有田市出身で東京音楽学校教授であった澤崎定之氏が行いました。初代、二代目と同様に長らく歌詞のみが伝わり、和歌山市立博物館の調査でも楽譜は見つかりませんでした。しかし、2017年になって、制定当時を知る市内の高齢者が演奏したハーモニカの音色を採譜することで、ようやく楽譜が復元されるという出来事がありました。

和歌山市歌は、それぞれの時代の和歌山市の姿や、歌に込められた市民や関係者の思いを映し出す歴史的な資料とも言えるでしょう。

もう一度検索