咽頭弓

咽頭弓（いんとうきゅう）

定義と名称

脊椎動物の胚発生初期に見られる、咽頭領域に形成される特徴的な構造です。通常、左右一対の隆起が複数、支柱のように並んで現れます。

「内臓弓（ないぞうきゅう）」とも称されます。広義には「鰓弓（さいきゅう）」と呼ばれることもありますが、厳密には区別が必要です。鰓弓は本来、鰓に分化する構造を指すため、現生の脊椎動物では第1・第2咽頭弓が鰓になることはありません。このため、第3咽頭弓以降を第一鰓弓などと呼ぶ場合があり、用語の使い分けには注意が必要です。また、魚類の成体の鰓骨格を指して鰓弓と呼ぶ場合もあり、発生構造としての咽頭弓・鰓弓とは混同しないよう留意すべきです。

形態と構成

咽頭弓は、脊椎動物の頭部や頸部に存在する多岐にわたる構造（骨、軟骨、筋肉、神経、血管など）の発生において中心的な役割を果たします。特に、脊椎動物特有の複雑な頭部構造は、その大部分が咽頭弓の発生過程を経て形成されると言っても過言ではありません。

発生中の咽頭弓は、外側は外胚葉由来の上皮、内側は内胚葉由来の上皮に覆われています。内部は、主に頭部由来の神経堤細胞と中胚葉由来の間葉系細胞によって満たされています。頭部の背側から腹側へと移動する神経堤細胞が、各々の咽頭弓を伸長させる主要な駆動力となります。

発生過程

脊椎動物の胚において、神経管が形成されるに伴い、背側領域から神経堤細胞が活発に遊走を開始します。これらの細胞のうち、頭部へと向かう神経堤細胞は、腹側への移動経路でいくつかの分節的な細胞集団（ストリーム）に分かれます。

各ストリームは周囲の中胚葉組織を取り込みながら、将来の咽頭部となる領域で、それぞれ独立した複数の咽頭弓を形成します。発生が進むにつれて、各咽頭弓は成長し伸長します。最終的には、左右一対の咽頭弓が体の腹側中央で合一し、将来の咽頭を囲む籠状の構造を形成します。

咽頭弓間の構造

隣接する咽頭弓の間には、発生初期にスリット状の隙間が残ります。これを「咽頭裂（いんとうれつ）」と呼び、水生脊椎動物では将来の鰓裂へと発達します。

陸上生活を送る多くの四肢動物では、咽頭裂は完全なスリットとしては残らず、体表側と咽頭内側でそれぞれ溝状の構造として見られます。体表側の外胚葉がくぼんでできる溝は特に「咽頭溝（いんとうこう）」と呼ばれます。

一方、咽頭の内側では、各咽頭弓の間で咽頭内胚葉が外側に向かって袋状に膨出する構造が見られ、これを「咽頭嚢（いんとうのう）」と呼びます。これらの咽頭嚢もまた、それぞれ特徴的な組織や器官へと分化していきます。

各咽頭弓の分化（ヒトの場合）

各咽頭弓がどのような構造に分化するかという発生様式は、脊椎動物の基本的なボディプランとして、多くの系統間で比較的よく保存されています。これにより、進化の過程でこれらの構造がどのように変化してきたかをたどることができます。

しかし、全ての派生物が系統間で全く同じ構造として認識されるわけではありません。例えば、サメの上顎を形成する軟骨の一部は、哺乳類では聴覚に関わる耳小骨（槌骨や砧骨）に変形しています。また、顎口類（顎を持つ脊椎動物）では第1咽頭弓が顎の構造を主に形成するのに対し、顎を持たない円口類では全く異なる構造に分化するなど、大きな差異も見られます。

ヒトの場合、発生初期には合計6つの咽頭弓が形成されるとされるが、第5咽頭弓はしばしばほとんど存在しないか、痕跡的な構造にとどまり、明確な組織や器官には分化しません。

したがって、ヒトの頭部・頸部の重要な構造は、主に第1、第2、第3、第4、および第6咽頭弓に由来します。これらの弓からは、下顎や上顎の一部、顔面骨、舌骨、喉頭軟骨、中耳の骨（槌骨、砧骨、鐙骨）、顔面筋、咀嚼筋、咽頭筋、喉頭筋、特定の神経や血管など、非常に多様な組織や器官が分化するのである。

もう一度検索