嘉応の強訴

嘉応の強訴：院政期の権力闘争と平氏の隆盛

嘉応元年（1169年）12月23日（ユリウス暦1170年1月18日）、比叡山延暦寺の大衆が、尾張国知行国主であった藤原成親の配流を朝廷に強硬に要求する「嘉応の強訴」が発生しました。この事件は、後白河法皇と平氏勢力の対立が顕著に現れた出来事であり、院政期における寺社勢力の政治介入と、平氏の隆盛を示す重要な歴史的事件です。

背景：強訴の増加と朝廷の対応

平安時代後期、特に院政期には、有力な寺社が独自の軍事力を持つようになり、朝廷や政府としばしば衝突する「強訴」が頻発しました。寺社は荘園領主として勢力を拡大しており、国司との土地争いや権益争いが各地で発生していました。延暦寺と興福寺は特に強訴を起こすことが多く、神輿を奉じて京へ入り、朝廷に圧力をかけることが常態化していました。

朝廷は、僧侶の昇進権などを利用して寺社への影響力を強化しようと試みました。保元新制（1156年）は、寺社の濫行や荘園の規制を目的とした寺社統制策でしたが、寺社内部の反発を招き、かえって内紛や対立を激化させる結果となりました。さらに、後白河法皇による恣意的な僧綱補任は、寺院間の競争や確執を深刻化させました。

延暦寺と園城寺の対立も深刻でした。後白河法皇が園城寺を庇護したため、延暦寺では強い不満が溜まっていました。これは後白河法皇の個人的な信仰心だけでなく、延暦寺の強大な勢力を牽制する目的もあったと推測されます。院近臣出身の国司が延暦寺領荘園の整理に奔走し、神人との衝突が頻発していたことも、強訴の背景の一つでした。

経過：内裏への乱入と平氏の消極姿勢

嘉応の強訴の発端は、尾張守藤原家教（藤原成親の同母弟）の目代である政友が、延暦寺領の美濃国平野荘の神人を虐げた事件でした。この小さな事件が、延暦寺大衆の怒りを爆発させました。

延暦寺は成親の配流と政友の禁獄を要求しましたが、朝廷がこれを拒否したため、大衆は京極寺に集結し、内裏に押し寄せました。神輿を担いで内裏に入り込み、天皇や摂政の前で騒ぎ立てたのです。

後白河法皇は、平氏勢力に鎮圧を要請しましたが、平重盛、平宗盛、平頼盛らはこの要請を拒否しました。平氏は、延暦寺と良好な関係を築いていたため、武力鎮圧には消極的だったのです。後白河法皇は、やむなく政友の解官・禁獄のみを認めましたが、大衆は成親の配流を要求し続けました。

最終的に後白河法皇は成親の配流を認め、強訴は一旦収束しました。しかし、後白河法皇はその後、突如として裁定を覆し、成親を召還し、事件処理に当たった平時忠と平信範を解官・配流しました。この不可解な行動により、延暦寺との対立は再燃しました。

平清盛は事態の悪化を懸念し、上洛して事態の収拾を図りました。結果的に成親は検非違使別当を辞任し、配流が決定しました。しかし、この事件を通じて、後白河法皇の権力の弱さと、平氏の強大さが改めて露呈しました。

混乱の要因とその後

嘉応の強訴がこれほど混乱した要因は、後白河法皇の強硬な姿勢、朝廷内部の足並みの乱れ、そして平氏の消極的な対応など、様々な要素が絡み合っていたためです。特に平氏の強訴鎮圧への消極的な姿勢は、後白河法皇の権力基盤の弱さを露呈する結果となりました。

この事件は、後白河法皇と延暦寺、そして平氏という三者の複雑な関係と、院政期の政治的不安定さを浮き彫りにしました。延暦寺は、この事件で全く成果を得られなかったことに強い恨みを抱き、その恨みは後の鹿ケ谷の陰謀にも繋がっていくことになります。

嘉応の強訴は、単なる寺社勢力と朝廷の衝突というだけでなく、院政期の政治構造、平氏の台頭、そして後世の歴史に影響を与える重要な事件であったと言えるでしょう。

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