四重人格

ザ・フー『四重人格』：モッズの魂と多重人格の葛藤

1973年10月、イギリスのロックバンド、ザ・フーが発表した6作目のスタジオアルバム『四重人格』（Quadrophenia）は、ロック史に燦然と輝く傑作として知られています。前作『フーズ・ネクスト』に続くロックオペラ作品で、全英・全米チャートでともに2位を記録した大ヒットアルバムとなり、『ローリング・ストーン誌が選ぶオールタイム・ベストアルバム500』にもランクインしています。

ピート・タウンゼントの完全独占作品

このアルバムの作詞作曲はすべて、ザ・フーのギタリストであるピート・タウンゼントによって手がけられました。ザ・フーにおいてタウンゼントは多くの楽曲を提供してきたものの、彼が全曲を単独で作曲した唯一のオリジナルアルバムがこの『四重人格』なのです。バンドの他のメンバー、特にジョン・エントウィッスルは多くの楽曲を提供してきたにもかかわらず、本作には彼の作曲による楽曲は含まれていません。また、エントウィッスルがリードボーカルを取る曲もありませんでした。一方、キース・ムーンは「ベル・ボーイ」でリードボーカルをロジャー・ダルトリーと分担するという役割を果たしました。

1960年代ロンドンのモッズ青年と4つの人格

アルバムは、1960年代中期のロンドンを舞台に、架空のモッズ青年ジミーの多重人格と精神的な葛藤を描いています。物語の軸はジミーの抱える4つの人格であり、それはザ・フーのメンバー4人の個性と重ね合わせて解釈できます。「ヘルプレス・ダンサー」はダルトリー、「ベル・ボーイ」はムーン、「イズ・イット・ミー」はエントウィッスル、「愛の支配」はタウンゼントの人格を反映した、各人のテーマソングと言えるでしょう。

前作『トミー』同様、歌詞だけでは物語を完全に理解することは困難です。しかし、『四重人格』にはタウンゼントによるライナーノーツと物語の内容を補完する44ページにわたる写真集が付属していました。写真撮影はジャケットがダルトリーの従兄弟にあたるグラハム・ヒューズ、写真集がイーサン・ラッセルが担当しています。ジャケットにはスクーターに乗るモッズ少年と、ミラーにザ・フーのメンバーの顔が写っている印象的なデザインが用いられました。主人公のモッズ少年役は、当時21歳の塗装工テリー・ケネットが演じました。

複雑なサウンドと未解決の結末

サウンド面では、前作で初めて導入されたシンセサイザーが多用され、より複雑で色彩豊かな音作りが実現しました。波の音や鳥の羽音といった効果音も取り入れられており、これらの音はすべて屋外で実際に録音されたものです。タウンゼントは当初、クアドロフォニック・サウンドでの制作を構想していましたが、レコード盤の生産上の制約から断念せざるを得ませんでした。

『四重人格』の物語は、明確な結末を示さず、その解釈はリスナーに委ねられています。この曖昧さが、作品に深みと余韻を与え、聴く者それぞれに異なる解釈を許容する魅力を生み出していると言えるでしょう。

アルバム発表後、そして現在

『四重人格』からは、「5時15分」、「愛の支配」、「リアル・ミー」がシングルカットされました。また、このアルバムを基にした映画『さらば青春の光』は1979年に公開され、モッズ・リバイバル・ブームを引き起こすなど大きな影響を与えました。さらに、ミュージカル化やオーケストラ版の制作など、多様なメディアでの再現もされています。

アルバム制作やツアー活動、そしてリイシューなど、その歴史は様々な出来事、そして困難と成功を伴ってきました。タウンゼント自身は『四重人格』について、「ザ・フーにとってこれが最後の傑作だったと思っている」と語っています。それは、バンドとしてのピーク、そしてモッズ文化への大きな影響力、そしてその複雑さや深みゆえに、多くのファンに語り継がれる作品であることを示していると言えるでしょう。

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