土井敏邦

土井敏邦（どい としくに）

1953年1月8日、佐賀県に生まれ。日本のフリージャーナリスト、ライター、映画監督として活動。主にパレスチナ問題や日本軍「慰安婦」問題、東日本大震災後の福島県など、社会の抱える困難や人権に関わるテーマを取材対象としている。

経歴とパレスチナとの関わり

広島大学在学中、世界各地を旅する中でイスラエルのキブツに滞在。この時のガザ地区訪問を契機にパレスチナ問題への関心を深める。卒業論文でも同問題を取り上げ、大学を卒業して間もなく、パレスチナ解放機構（PLO）の駐日代表部が発行していた月刊誌の記者となる。その後、朝日ジャーナル嘱託記者などを経てフリーランスとして独立。

1985年にジャーナリストとして初めてパレスチナを訪れて以来、断続的に合計5年以上にわたり、イスラエルとその占領地であるパレスチナの難民キャンプや村に滞在して取材を重ねた。この取材に基づき、『占領と民衆：パレスチナ』、『アメリカのユダヤ人』、『アメリカのパレスチナ人』といった著作を発表。湾岸戦争やパレスチナ暫定自治合意後も現地での取材を続け、テレビ番組などを通じてその実情を伝えた。

映像制作と国際的な評価

パレスチナ・イスラエルでの取材は、多くのドキュメンタリー映像作品として結実している。第二次インティファーダ（民衆蜂起）以降の緊迫した状況を取材し、NHKのETV特集などで繰り返し報告。特に、イスラエル軍の元将兵が占領の実態を語る映画『沈黙を破る』（2009年）は高い評価を獲得し、キネマ旬報文化映画部門第1位や日本映画ペンクラブ会員選出ベスト1などを受賞した。ガザ地区に焦点を当てた五部作『ガザに生きる』や、2014年夏のガザ攻撃を記録した作品も制作している。

イスラエルの軍事行動に批判的な視点を持つため、現地での取材許可取得が難航することもあったと報告されている。イスラエル当局から「反ユダヤ主義者」と見なされた可能性を示唆し、取材規制に対する抗議の姿勢を示している。パレスチナの人権活動家であるラージー・アッ＝スーラーニー氏らを日本に招き、講演会などを企画するなど、現地の声を紹介する活動も積極的に行っている。

日本国内およびアジアでの活動

日本国内の社会問題も重要な取材テーマである。東京都の君が代強制問題を取り上げた映画『“私”を生きる』（2010年）は、「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル奨励賞」を受賞した。また、東日本大震災と福島第一原発事故に関するドキュメンタリー『飯舘村 放射能と帰村』（2012年）や『福島は語る』（2018年）を発表し、被災者の視点から原発事故の現実やそれに伴う問題を掘り下げている。ただし、福島の被災者取材における一部報道について、後に無許諾公開を謝罪している。

日本軍「慰安婦」問題にも長年関心を寄せ、元慰安婦の人生を記録した映画『“記憶”と生きる』（2015年）を制作。この映画は全国各地で自主上映が行われたが、歴史認識などを巡って一部で論争となり、後援が取り消される事態も生じた。

アジア各国でも取材活動を展開しており、韓国の被爆者や民主化運動の関係者、元慰安婦、タイのエイズ孤児、ベトナムのストリートチルドレン、フィリピンの出稼ぎ労働者などを取材。フィリピン人出稼ぎ労働者に関するルポは「朝日ジャーナル・ノンフィクション大賞」に入賞した。日本に暮らすミャンマー人を追った映画『異国に生きる 日本の中のビルマ人』（2013年）は、「文化庁映画賞 文化記録映画優秀賞」を受賞している。

その他の活動

イラク戦争後には現地を取材し、特にファルージャ侵攻後の状況を報告・映像化している。危険地での取材リスク増大を受け、「危険地報道を考えるジャーナリストの会」の設立に関わり、ジャーナリストの活動意義を訴えている。また、特定秘密保護法違憲確認訴訟の原告となるなど、社会的な問題に対して積極的に発言・行動している。

写真家・ジャーナリストの広河隆一氏の性暴力問題が明らかになった際、問題を認識しながらも沈黙し、当初は広河氏の業績を擁護する発言をしたことで批判を受けた。その後、広河氏の言動に疑問を呈し、公開書簡を出すなど、複雑な経緯が報じられている。

国内外の様々な現場に足を運び、当事者の声に耳を傾けながら、映像と文章でその現実を記録し続けるジャーナリスト、そして映画監督である。多くの著作と受賞歴のある映像作品を通じて、現代社会の抱える深刻な問題を発信し続けている。

もう一度検索