キブツ

キブツ：イスラエルの理想郷から現代社会へ

キブツ（קיבוץ）は、イスラエルにおける独特な集産主義的協同組合です。ヘブライ語で「集団」「集合」を意味するこの言葉は、20世紀初頭に帝政ロシアからの迫害を逃れたユダヤ人たちがパレスチナで築き上げた共同体の名称として知られています。

1909年、ガリラヤ湖南岸に設立されたデガニアは、キブツ運動の始まりを告げました。生産的自力労働、集団責任、身分の平等、機会均等という4大原則を基盤に、彼らは土地を開墾し、独自の社会を構築していったのです。その後、世界各地からユダヤ人が流入するにつれ、キブツの数と人口は増加し、学校、図書館、診療所などの公共施設も整備されました。当初は農業が中心でしたが、次第に工業や観光業にも進出し、独立した自治体としての側面も強まっていきました。

キブツは、生活必需品の無償提供や無報酬労働といった特徴的な制度を持っていました。しかし、現代のキブツでは給与が支払われるようになり、初期の理想主義的な姿から変化を遂げています。コルホーズや人民公社といった他の共同体とは異なり、キブツはイスラエル建国において重要な役割を果たし、現在も社会に大きな影響を与えています。

イスラエルにおけるキブツの重要性は、建国に深く関与してきた歴史に表れています。初代首相ダヴィド・ベン＝グリオンや女性首相ゴルダ・メイアなど、多くの政治指導者や知識人を輩出し、イスラエル議会においても大きな影響力を持っていました。キブツの人口はイスラエル全体の7％を超えたことはありませんでしたが、その存在感はイスラエル国内外で高く評価され、同国の象徴の一つとなっています。

キブツ運動やキブツ産業協会といった全国組織も存在し、これらの組織によると（2016年時点）、282のキブツに17万人以上が暮らしているとのことです。1960～70年代には社会主義的な理想郷として世界中から注目を集め、多くの若者が移住してきました。しかし、1980年代には財政危機に見舞われ、1990年代には財産の私有化や給与制の導入、家族単位での子育てなど、大きな転換期を迎えます。現在では、昔ながらの共同体生活を維持するキブツも存在しますが、多くは資本主義経済に適応し、農業以外の分野でも事業を展開しています。

キブツは、点滴灌漑システムの世界最大手企業であるネタフィムなど、数々の成功企業を輩出しました。かつてイスラエルの食品最大手であったツヌバもキブツとモシャブ（家族経営の農場が集まった村）の協同組合でしたが、現在は中国企業に買収されています。このように、キブツはイスラエルの経済発展にも大きく貢献してきました。イスラエルの食料自給率は9割を超え、その農業生産の約8割をキブツとモシャブが担っていることは特筆すべき点です。

キブツは、イスラエル建国期における理想と現実、社会主義と資本主義の融合という複雑な歴史を体現しています。理想郷としての輝かしい過去と、現代社会への適応という課題を同時に抱えながら、キブツはこれからもイスラエル社会の一翼を担い続けることでしょう。

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