土屋逵直

土屋逵直：波乱の生涯と赤穂事件の影

土屋逵直（つちやみちなお、1659年-1730年）は、江戸時代前期を代表する旗本寄合であり、通称は主税、土屋主税として広く知られています。上総久留里藩主・土屋直樹の嫡男として生まれ、将来は家督を継ぐことが期待されました。しかし、父の奇行や不行跡により、逵直20歳の時に久留里藩は改易され、土屋家は3000石の旗本寄合席に転落します。

改易後、逵直は4代将軍徳川家綱に初めて拝謁し、御徒頭などを務めました。その後は役職を離れ、俳諧の宝井其角に師事するなど、風流な生活を送ります。本所松阪町の自邸では頻繁に連句の会を開催し、文化人としての顔も持ち合わせていました。

赤穂事件と土屋逵直：史実と創作の狭間

元禄14年（1701年）、土屋邸の隣に吉良義央が越してきます。そして翌年、赤穂事件が発生します。多くの講談や歌舞伎作品では、逵直が赤穂浪士に加担し、吉良邸への討ち入りを黙認、あるいは支援したかのような描写がなされています。具体的には、浪士たちの申し状を聞き入れ、吉良家への加勢を拒否し、逆に土屋邸の塀に灯りを掲げ、堀を越える者を射落とすよう命じたという脚色です。

しかし、これらの描写は室鳩巣の『鳩巣小説』に基づいていますが、その信憑性には疑問が残ります。まず、『鳩巣小説』自体、多くの歴史的誤りを含んでいること、他の史料に同様の記述がないこと、一次史料に基づいていないことなどが指摘されています。さらに、情報源である新井白石が、かつて土屋家に仕えていたものの、追放された経験があり、公正な第三者とは言い難い点も考慮する必要があります。

土屋家は改易により2万石の大名から3000石の旗本に転落しており、公式には公儀が赤穂浪士を「徒党」と断じた事件に、加担するような行動をとることは、現実的に考えにくいと言えます。三田村鳶魚らも、逵直の事件への関与を否定しています。新井白石自身の記録にも、この件に関する記述は見当たりません。

史実における土屋逵直の行動

史実では、赤穂浪士による吉良邸討ち入りが始まると、逵直はただちに幕府に事件を通報し、検使役人にも口上書を提出しています。その内容には、「暗かったため、はっきり確認できなかったが、侵入者は50～60人ほどで、火事装束のような姿をしていた」といった記述があります。また、吉良邸と土屋邸は塀を挟んで隣接していたわけではなく、両屋敷間には通路があったため、塀を乗り越えても土屋邸に侵入することはありませんでした。

土屋家と家系

土屋家は、「片手千人斬り」の逸話で知られる武田家家臣・土屋昌恒を祖とします。昌恒は武田勝頼に殉死しましたが、徳川家康は土屋家の存続を惜しみ、昌恒の子・土屋忠直を召し出しました。忠直は出世を重ね、慶長7年（1602年）には上総久留里藩2万石の大名となりました。これが土屋家の宗家です。

この宗家は、土屋利直の代には新井正済（新井白石の父）を召し抱えていましたが、次の直樹の代に改易され、逵直の代から旗本となりました。一方、利直の弟・土屋数直は出世を重ね、老中となり常陸土浦藩4万5000石を領しました。その子・土屋政直も老中となり、最終的には9万5000石を領しました。

結論

土屋逵直は、波乱に満ちた人生を送った旗本でした。赤穂事件への関与については、創作と史実が混在しており、注意深い検証が必要です。史実を基に彼の生涯を理解することで、江戸時代の人間模様の一端を垣間見ることができるでしょう。彼の墓所は、駒込大林寺にあります。

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