圧送式サイクル

圧送式サイクルとは

圧送式サイクル、あるいは「ガス押し式サイクル」とも呼ばれるこの方式は、ロケットエンジンの重要な要素である推進剤供給システムの一つです。その基本的な動作原理は、推進剤が貯蔵されているタンク内に高圧のガスを導入し、その圧力によって液体推進剤（燃料と酸化剤）を燃焼室へと押し出すというものです。この仕組みは、ポンプなど他の供給方式に比べて構造が非常にシンプルであるという特徴を持っています。

通常、推進剤を加圧するための高圧ガスは、推進剤タンクとは別に用意された高圧ガスタンクから供給されます。この目的でよく使用されるガスはヘリウムです。ヘリウムは化学的に不活性であり、かつ軽量であるため、システム全体の重量を抑えつつ安定した圧力を供給するのに適しています。エンジンが正常に機能するためには、推進剤の供給圧力が燃焼室の圧力よりも常に高い状態を保つ必要があり、これにより燃焼ガスが推進剤タンク側へ逆流するのを防いでいます。

圧送式サイクルの特徴と利点

圧送式サイクルの最も顕著な利点は、その単純な構造に起因する高い信頼性です。ポンプシステムに比べて可動部品が少なく、複雑な制御を必要としないため、故障のリスクが低減されます。また、製造プロセスも比較的容易であり、コストを抑えやすいというメリットもあります。もしハイパーゴリック推進剤（触れ合うと自然に燃焼する特性を持つ推進剤）を使用する場合、推進剤供給弁の開閉だけで点火・停止が可能となり、特に宇宙空間での再着火を容易に行える点も大きな利点です。これらの特性から、人工衛星や惑星探査機の軌道制御や姿勢制御システム、あるいは有人宇宙船など、信頼性が最優先される用途で広く採用されています。

課題と主な用途

一方で、圧送式サイクルにはいくつかの限界も存在します。推進剤を燃焼室に送るためには、燃焼室の圧力よりも高いタンク内圧を維持する必要がありますが、タンク自体の重量や構造強度には制約があるため、タンク内圧を際限なく高めることは困難です。これにより、結果として燃焼室の圧力も比較的低く設計されることとなり、これはエンジンの効率（比推力）の低下や、搭載できるペイロード（積載物）の制限につながることがあります。このため、高効率が求められる大型ロケットの主エンジンとしてはあまり用いられず、構造の単純さや信頼性が優先される、または比較的推力や効率の要求が緩やかな多段式ロケットの上段、あるいは小型ロケット、宇宙機の補助エンジンとして採用されることが多い傾向にあります。

また、長時間の燃焼を行う際には、圧送ガスの断熱膨張により急激な温度降下が発生する可能性があります。この温度低下が過度になると、推進剤の凍結を引き起こしたり、圧送圧力が設計値を下回ったり、配管や弁などの部材に悪影響を与えたりするリスクがあるため、特に極低温推進剤を使用する場合には注意深い温度管理が求められます。

派生的な方式

標準的な圧送式サイクルの他にも、圧送ガスの供給方法が異なる派生的な方式が考案・実用化されています。一例として、「自己生成加圧」方式があります。これは、推進剤の一部をエンジンの熱交換器などで加熱・ガス化し、そのガスをタンク加圧に利用するものです。これにより、別途高圧ガスタンクを搭載する必要がなくなります。また、推進剤と一緒に加圧ガスをタンクに充填するシンプルな方式（過去のOTRAGロケットなどで採用）も存在しました。

圧送ガスで推進剤を押し出すという点では共通しますが、「ピストンレスポンプ」という技術も関連技術として挙げられます。これは推進剤タンク全体を加圧するのではなく、ポンプ構造の一部を加圧する方式であり、タンク全体を加圧する圧送式サイクルよりも軽量化が期待できる場合があります。

主な採用例

圧送式サイクルは、その信頼性とシンプルさから、多くの宇宙開発プロジェクトで採用されてきました。

ファルコン1 上段エンジン ケストレル: SpaceXが初期に使用した小型ロケットの上段エンジンです。
スペースシャトル OMS/RCS: スペースシャトルの軌道変更システム（OMS）や姿勢制御システム（RCS）に使用されました。
アポロ月着陸船: 月面への着陸に使用された下降エンジンと、月周回軌道へ戻るための上昇エンジンの両方に採用されました。
AJ-10 シリーズ: デルタロケットの上段や、アポロ宇宙船の機械船、スペースシャトルOMSなど、長期間にわたり多くのミッションで信頼性の高いエンジンとして使用され、現在も派生型が運用されています。
LE-3: 日本が開発したN-Iロケットの第2段エンジンとして使用されました。
RD-0237: 旧ソ連で開発されたUR-100N大陸間弾道ミサイルの上段に用いられたエンジンです。
ドラコ スラスタ: SpaceXが開発したドラゴン宇宙船やファルコン9ロケットに使用される小型のスラスタです。
ビール・エアロスペース BA-810: 開発中止となりましたが、ガス圧送式エンジンとしては最大級の推力を目指したエンジンであり、燃焼試験に成功しています。

これらの例からもわかるように、圧送式サイクルは、特定の用途においてその特性が最大限に活かされる、信頼性の高い推進剤供給方式として重要な役割を果たしています。

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