地下式横穴墓

地下式横穴墓とは

地下式横穴墓は、古墳時代（5世紀～6世紀）に九州南部、特に宮崎県南部から鹿児島県東部にかけて見られる特異な墓制です。地面に垂直に掘られた竪穴から横方向に穴を掘り、その中に遺体を埋葬する構造をしています。この形式は、丘陵の斜面に横穴を掘る一般的な横穴墓とは異なり、平坦な場所に竪穴を掘る点が特徴です。

構造

地下式横穴墓は、主に以下の3つの部分から構成されます。

1. 竪坑: 地上から地下へ通じる入口で、平面形は楕円形や隅丸方形をしています。深さは2～3m程度で、内部には足掛かりが設けられていることもあります。通常、追葬が行われるため、竪坑は埋め戻されず、開口したままか板で覆われていました。

2. 羨道: 竪坑の底から玄室へと続く通路です。「羨門」とも呼ばれます。入口は板石や粘土で塞がれています。

3. 玄室: 遺体を安置する空間で、羨道の奥に広がっています。形状は長方形（妻入型）、正方形、横長の長方形（平入型）、楕円形など様々です。天井はドーム状や家屋の屋根を模した三角形で、柱や棟木などの意匠が施されていることもあります。

遺体は奥から伸展葬で安置され、追葬の際には手前に移動させられたり、白骨化した遺骨は隅に寄せられたりしました。遺体の安置場所には、床に直接置かれることもあれば、玉石や板石で作られた死床が設けられることもありました。副葬品としては、鉄製の武器、土器、装身具などが共に埋葬されました。

地上の構造物

地下式横穴墓は、地上には墳丘のような構造物を持たないことが一般的です。そのため、後世に発見されにくいという特徴があります。発見されるきっかけとしては、玄室の天井が崩落して地表が陥没したり、農作業中に偶然発見されたりすることが多いです。近年では、地中レーダー探査を用いて事前に位置を把握する試みも行われています。

群構造

地下式横穴墓は、単独で造営されることは少なく、通常は2～3基、あるいは100基以上が密集して存在します。また、円形にグループを形成したり、高塚古墳の裾に造営されたりすることもあります。これらのことから、地下式横穴墓は、特定の集団による共同墓地として機能していたと考えられます。

副葬品

副葬品として最も多いのは、鉄製の武器（刀剣、弓矢）や土器（土師器、須恵器）です。特に鉄鏃が多く、圭頭鏃が一般的です。その他、蛇行剣や異形鉄器も見られます。また、玉類、甲冑、馬具、鏡などの豪華な副葬品が見つかることもあり、これらは有力者の墓であったと考えられています。

分布

地下式横穴墓は、宮崎県の児湯郡高鍋町から鹿児島県の鹿屋市にかけて分布しています。主な分布地域は、宮崎平野部、都城市、小林市、えびの市などの盆地や、大隅半島の志布志湾岸、鹿屋市域です。熊本県人吉市でも少数ですが確認されており、西北限となっています。宮崎・鹿児島両県で1000基以上が発見されており、特に宮崎県えびの市周辺に集中しています。

ルーツと展開

地下式横穴墓のルーツは、古墳時代前期後半から中期初頭に出現した「横口式土壙墓」とされています。その後、玄室形状によって家形系と土壙系に分類されるようになり、5世紀から6世紀にかけて各地に広がっていきました。分布地域は、高塚古墳や板石積石棺墓の分布地域と重複することもあります。

研究史

地下式横穴墓の発見は、江戸時代にまで遡ります。当時は特異な埋葬施設として記録されました。近代に入ると、考古学の研究対象となり、瀬之口伝九郎によって「地下式古墳」と名付けられました。その後、遺構の形態や副葬品の研究が進められ、古墳時代における墓制の一形態として認識されるようになりました。

「隼人の墓制」論とその批判

かつては、地下式横穴墓は九州南部に住んでいたとされる「隼人」の墓であるという説が有力でした。この説は、地下式横穴墓の特殊な構造や分布、高塚古墳の分布圏外に位置することなどから提唱されました。しかし、1990年代以降、この説は文献史学や考古学の両面から批判されるようになりました。文献上での「隼人」の初出は7世紀後半であり、地下式横穴墓の隆盛期とは時代が異なること、また、古墳と地下式横穴墓の共存関係が見られることなどから、「隼人」との結びつきは否定される傾向にあります。現在では、地下式横穴墓は、大陸から伝わった葬送観念や技術が、当地の風土に合わせて独自に発展した墓制であると考えられています。

近年の研究

2000年代以降の研究では、発掘調査で得られた資料をもとに、より考古学的なアプローチで地下式横穴墓の検討が行われるようになりました。遺構の形態や副葬品の分析から、編年や分布、高塚古墳との関係性などが具体的に論じられています。また、地下式横穴墓は、他の地域から孤立したものではなく、朝鮮半島や畿内との交流を通じて成立した墓制であるという理解が広まっています。

主な地下式横穴墓群

宮崎県:
牛牧地下式横穴墓群
小木原地下式横穴墓群
大萩地下式横穴墓群
島内地下式横穴墓群
生目地下式横穴墓群
下北方地下式横穴墓群
灰ヶ野地下式横穴墓群
六野原地下式横穴墓群
西都原地下式横穴墓群
酒元ノ上横穴墓群
鹿児島県:
神領地下式横穴墓群
岡崎地下式横穴墓群
中尾地下式横穴墓群
熊本県:
* 天道ヶ尾地下式横穴墓群

まとめ

地下式横穴墓は、古墳時代の九州南部において独自に発展した特異な墓制であり、当時の社会や文化を理解する上で重要な手がかりを与えてくれます。その構造、副葬品、分布などから、当時の人々の生活や信仰、地域間の交流を知ることができます。また、「隼人」との関連性については、現在では否定的な見解が主流であり、地域文化の多様性を示す一例として捉えることが重要です。

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