板石積石棺墓

板石積石棺墓（地下式板石積石室墓）

板石積石棺墓は、古墳時代の4世紀から5世紀にかけて、九州地方南部を中心に分布した特異な墓制です。特に鹿児島県北西部から九州西岸の島嶼部、宮崎県西南部にかけて顕著にみられます。

概要

板石積石棺墓は、地面に掘った円形または方形の穴の中に、板状の石材を積み上げて作られた埋葬施設です。壁面から中心に向かって石を少しずつ持ち送りながら積み重ね、ドーム状の天井を形成する独特な構造が特徴です。最後に土を埋め戻し、地下に埋葬空間を作り出します。

封土が除去された状態では、円形の墓の場合、石材が魚の鱗や菊の花のように見えることから、その特異な外観がよく知られています。平面形状には円形と方形があり、その形状の変遷や起源については諸説あります。

構造

1. 地面に円形または方形の穴（墓壙）を掘る。
2. 墓壙の壁面に沿って、板石を垂直に立てる（側石）。
3. 側石の上に平らな板石を置き、さらにその上に少しずつずらしながら板石を重ねていく（持ち送り）。
4. 持ち送りの技法でドーム状の天井を構築する。
5. 最後に土を埋め戻し、地中に埋葬空間を形成する。

群構造

板石積石棺墓は単独で造営されることは稀で、通常は2～3基、あるいは十数基が密集して群を形成します。そのため、遺跡名は「（地名）＋板石積石棺墓群」となることが多いです。ただし、土壙墓や地下式横穴墓など、他の時代の墓や遺構と共に出土することも多いため、単に「（地名）＋遺跡」として扱われる場合もあります。

地上構造物

現在確認されている板石積石棺墓の多くは、古墳のような墳丘などの地上構造物を持ちません。しかし、別府原7号板石積石棺墓や湯田原板石積石棺墓、北方3号墳など、一部の例では墳丘を伴い、主体部が地表面よりも高い位置にあります。また、永山10号板石積石棺墓では、主体部を取り巻く周溝が検出されており、かつては墳丘が存在した可能性も指摘されています。

名称について

かつては「地下式板石積石室墓」という名称が一般的でしたが、この墓制のルーツが石室ではなく石棺であること、また「地上式」の板石積みの墓制が存在しないことから、「地下式」という表現が適切ではないという意見が強まりました。近年では、「板石積石棺墓」という名称がより適切であると考えられています。

副葬品

板石積石棺墓の副葬品は、総じて少ない傾向にあります。何も副葬されていないか、わずかな鉄製武器（刀剣・鉄鏃）が納められている程度であることが多く、年代の特定や編年の構築を困難にしています。鉄製武器の中では、鉄鏃が多く出土します。鉄鏃の形態は、圭頭鏃、鳥舌鏃、短頸鏃など様々です。横岡板石積石棺墓群からは蛇行剣が出土した例もあります。

分布

板石積石棺墓は、薩摩川内市の横岡板石積石棺墓群を西南限とし、川内川上流域の大口盆地周辺に集中して分布しています。宮崎県側では、都城市高城町の香禅寺遺跡の墓群を東端とし、小林市やえびの市など、霧島火山群北麓の盆地地帯に分布しています。この地域では、地下式横穴墓群との重複や共存もみられます。主な分布域から離れて、熊本県人吉市の荒毛遺跡や球磨郡あさぎり町の新深田遺跡など、球磨川流域の内陸部でも発見されています。

九州西岸や島嶼部にも分布しており、天草諸島の長島や下島、高島、五島列島の宇久島、小値賀島、中通島などが西北限となります。宮崎県、鹿児島県、熊本県、長崎県の総発見数は300基を超え、特に鹿児島県の川内川上流域では、17遺跡240基以上が確認されています。

ルーツと展開

かつては地下式横穴墓から派生したとする説もありましたが、現在では、長島の明神下岡遺跡で発見された弥生時代後期の石棺墓「明神下岡タイプ」や、出水市高野尾町の堂前遺跡で発見された石蓋土壙墓に箱式石棺が融合したものがルーツであるとする説が有力です。これらの説は、いずれも九州西岸地域の石棺墓を起源とする点で共通しています。その後、4世紀から5世紀にかけて川内川流域を中心に造営され、宮崎県側や島嶼部へと広がっていったと考えられています。

研究史

1936年、木村幹夫と寺師見国によって「石室」として紹介され、後に「地下式板石積石室墓」という名称が与えられました。当初、寺師は見国は、埋葬後に内部を空洞にするのではなく、土を充填すると考えていたため、「石棺」ではなく「石室」という名称を与えたとされています。その後、遺構の平面形態に基づく分類や、年代観と編年など、考古学的な手法による研究が進められました。

「隼人の墓制」論

板石積石棺墓の特異な構造や、九州南部に集中して分布する状況から、『記紀』などの文献に登場する「隼人」の墓ではないかとする見解も存在しました。しかし、文献史料と考古学的な年代観のずれなどから、現在ではこの説は有力ではありません。

「隼人の墓制」論以降の研究

近年では、「隼人の墓制」論から脱却し、発掘調査による出土資料に基づき、古墳時代の一地域墓制として板石積石棺墓を検討する方向へと研究が進んでいます。遺構形態の分類や副葬品組成による編年構築、九州西岸部の「石棺系」墓制との関連などが議論されています。

現在では、板石積石棺墓は他の地域から孤立したものではなく、古墳文化圏の周縁域における多様な地域色を示す遺構であるという理解が一般的になりつつあります。

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