堀田正敦

堀田正敦：幕府高官と博物学者を兼ね備えた稀有な人物

堀田正敦は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した大名です。近江堅田藩、のち下野佐野藩の藩主を務め、幕府の要職である若年寄にも就任しました。仙台藩主・伊達宗村の八男として生まれ、幼少期は藤八郎と名乗っていました。

彼は早くから幕臣になることを志し、安永4年（1775年）には中村姓を与えられ、中村村由と名乗って出仕を願っていたと伝わります。天明6年（1786年）、堀田正富の婿養子となり、翌年には堅田藩主を継承しました。養子入り後も、仙台藩に残された次男・田村宗顕の存在が記録に残っています。

寛政元年（1789年）、正敦は大番頭に就任し幕府へ出仕。翌年には、老中・松平定信の推挙により若年寄に就任し、実に42年間もその職を務めました。この間、定信の寛政の改革を支える一方で、定信父子と佐倉藩主・堀田正愛を巡って対立するなど、複雑な政治的駆け引きも見せています。

寛政8年（1796年）には、甥の仙台藩主・伊達斉村の死去に伴い、後継者・伊達周宗の後見役を務めました。しかし、仙台藩の藩政に直接関与したわけではなく、あくまで幕府と仙台藩双方による治世不安の解消を目的としていたようです。文化4年（1807年）の蝦夷巡検では、周宗の後見を定信に託しています。

それでも正敦は仙台藩への支援を惜しまず、家臣を通じて資金援助を行うなど、密接な関係を保ちました。仙台藩藩校・養賢堂の学制改革にも関与し、大槻平泉の改革運動を後押ししています。また、佐倉藩主・堀田正愛の後見役も務めるなど、幅広い活動を展開しました。

寛政11年（1799年）には、『寛政重修諸家譜』の編纂総裁を務めました。しかし、同書には万石以上の家格の大名しか記されていなかったため、正敦は私的に万石以下の旗本たちの事績をまとめた『干城録』の編纂に着手。彼の死後も、林述斎らによって編纂が続けられ、天保6年（1835年）に完成しました。

正敦は和漢・本草の学識に優れ、蘭学者を保護するなど、学問を奨励しました。自らも鳥類図鑑『禽譜』と解説書『観文禽譜』を編纂した他、『観文獣譜』、『観文介譜』も執筆しています。これらの著作には「堀田文庫」の蔵書印が押されており、一部は現在でも東京国立博物館などに所蔵されています。

文化3年（1806年）、正敦は3,000石加封され、堅田藩は1万3,000石となります。翌年には、蝦夷地（北海道）へのロシア人侵入を視察するため松前藩へ赴き、『松前紀行（蝦夷紀行）』を著しました。この紀行には、鳥類に関する記述だけでなく、漂流民の調査なども記されています。また、大槻玄沢を通じて外国事情を入手し、『環海異聞』『厚生新編』の作成にも関わっています。

文政9年（1826年）、正敦は下野佐野郡に移封され、佐野藩主となります。文政12年（1829年）、さらに3,000石加封され、佐野藩は1万6,000石となります。天保3年（1832年）に致仕し、同年6月7日に78歳で亡くなりました。

正敦の文化事業は多岐に渡ります。彼は松平定信と親交があり、和歌を中心とした文教新興策を推進。定信をはじめ、多くの文人・学者と交流し、古典の収集や写本の編纂に力を注ぎました。『寛政重修諸家譜』の発案も彼の功績の一つです。

伊能忠敬とも親交があり、測量事業の後押しや苦情処理などを担当しました。高橋至時父子とも交流があり、『観文禽譜』編纂において情報提供を受けていたと推測されます。さらに、シーボルトとも関係があった可能性が示唆されており、正敦の活動は学問のみならず、外交や国防にも及んでいたと考えられます。

『禽譜』と『観文禽譜』は、鳥類の分類図鑑として高い評価を受けており、当時の鳥類の生態や学問水準の高さを示す貴重な資料です。しかし、堀田文庫の写本の中には、校訂作業が未完成のものも存在し、正敦の晩年の状況が窺えます。

正敦は幕府高官としての職務と並行して、博物学、文化事業に大きく貢献しました。その多才ぶりと、学問への情熱は、現代においても高い評価を得ています。彼の生涯と業績は、江戸時代の文化、政治、そして学問の発展を理解する上で、重要な一端を担っていると言えるでしょう。

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