堀野文禄

堀野文禄：出版と江戸文化を愛した粋人

堀野文禄（ほりの ぶんろく、1870年2月 - 1936年9月14日）は、明治時代に出版業者として活躍し、同時に江戸文化の研究家としても名を馳せた人物です。本名は堀野与七、通称は浅次郎。京の藁兵衛、東三華、文禄など、様々な号を用いていました。また、狂歌の世界では「御山の苔松」、長唄松齢会では井筒清之丞と名乗るなど、多才な一面も持ち合わせていました。

生涯

堀野文禄は、日本橋榑正町（現在の日本橋3丁目付近）にあった老舗の紅屋、花田屋に生まれました。幼少期には坂本小学校に通いましたが、中途で学業を断念し、商家に奉公に出されます。17歳の時に父親が病に倒れたため実家に戻り、家業である紅の製造に従事しました。当時の花田屋は「寒紅や榑正町の人通り」と俳句に詠まれるほど繁盛していたといいます。

しかし、読売新聞への雑文投稿をきっかけに、小説や戯作、川柳といった文芸の世界に傾倒。1888年（明治21年）頃には、同好の仲間たちと「自笑酔誌」を刊行し、続いて月刊雑誌「一分線香」を発行するに至ります。同時期には、落語家の三遊亭圓朝や小説家の尾崎紅葉を顧問として迎え、書肆文禄堂を構え、出版業を本格的に開始しました。1912年（明治45年）には東光印刷合資会社を設立し、代表社員となっています。

晩年は、講釈師の初代・悟道軒圓玉（浪上儀三郎）のもとへ通い、資料調査の助手を務めたり、長唄や雑俳を楽しむ日々を送りました。1936年、胃がんにより66歳で生涯を閉じ、本郷湯島両門町の講安寺に埋葬されました。

文禄堂とその出版物

文禄堂は、堀野文禄自身が編集した『日本五大噺』や『滑稽類纂』といった大冊、そして硯友社に関係のある作家たちの作品を出版しました。その出版物は、渋くて凝った趣味のものが多く、「道楽が商売か、商売が道楽か」と評されるほどでした。

書誌学者であり江戸文芸の研究家であった森銑三は、文禄堂の出版物の中でも『当世名家蓄音機』を例に挙げ、その装幀の趣味の良さ、口絵や挿絵の豊富さ、そして堀野文禄自身が執筆した巻末の広告文の巧みさを絶賛し、「文禄堂主人の面目躍如たるものがある」と評しました。また、昔話の絵葉書を発行するなど、時代を先駆けた試みも行っています。

熊田葦城の『洋行土産赤毛布』や大町桂月の『月のしづく』は、文禄堂の出版物の中でも特に売れ行きが良かった作品として知られています。

人柄と交友関係

堀野文禄は、多趣味で遊び好きな人物と思われがちでしたが、若い頃から真面目で温厚、冗談口の一つも言えない生粋の江戸っ子でした。尾崎紅葉や江見水蔭、野崎左文、山本笑月といった文筆家だけでなく、長唄の家元である芳村伊三郎（7代目）や画家の中村不折など、幅広い分野の人々と交流がありました。

新潮社が業績不振に陥った際、川上眉山の『ふところ日記』の紙型を買い取ったところ、眉山が自殺したことで本が飛ぶように売れました。眉山の遺族が香典返しにその本を使いたいと申し出ると、「いくらでもどんどんお持ちください」と快く提供するなど、義理堅い一面も持ち合わせていました。

堀野文禄は、出版業を通じて江戸文化の魅力を伝え、多くの人々に愛された人物でした。その功績は、今もなお語り継がれています。

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