多治見十郎

多治見 十郎

多治見 十郎（たじみ じゅうろう、1851年 - 没年不詳）は、日本の近代黎明期において、教育者、英学者、そして聖職者として多岐にわたる活動を展開した人物です。特に、聖教社並びにその分校である女子校の設立を届け出た人物として知られ、日本聖公会の伝道師としても活躍しました。

岐阜県の士族の家に生まれた多治見は、若い頃から学問に励みました。文久元年（1861年）から慶應3年（1867年）までの7年間、松苗寛一郎に師事し、漢学を深く修めました。開国に伴い西洋の学問の必要性が高まる中、多治見は洋学にも目を向けます。

1873年（明治6年）から1875年（明治8年）にかけては、鳴門塾で英学と洋算を学びました。この鳴門塾は、1872年（明治5年）に鳴門義民が東京の芝露月町に創設した塾で、通称として鳴門塾と呼ばれていましたが、正式な名称は英学所でした。ここで多治見は、西洋の言語と数学の基礎を固めたと考えられます。

さらに、1875年（明治8年）から1878年（明治11年）までの期間は、米国聖公会の宣教師であるチャニング・ウィリアムズ主教のもと、立教学校（後の立教大学へと発展する学校の一つ）で引き続き英学と洋算を修得しました。この立教学校での学びは、多治見のその後の人生に大きな影響を与えたと考えられます。

同時期、多治見はキリスト教との関りを深めていきます。1875年（明治8年）のクリスマスには、英国聖公会福音宣布協会（SPG）の宣教師、アレクサンダー・クロフト・ショーから洗礼を受けました。この洗礼式には、後に政治家として活躍する尾崎行雄や慶應義塾で学んでいた他の日本人を含め、8人が出席しており、多治見も尾崎と共に洗礼を受けた一人でした。

教育者としての多治見の主要な功績の一つが、聖教社の設立における役割です。1879年（明治12年）6月4日、SPGのショーとウィリアム・ライトによって、東京・芝栄町12番地に聖教社が新設されました。聖教社は、ショーが設立した聖アンデレ教会と同じ敷地内に設けられた英学校でした。興味深いことに、聖教社の設立を東京府に届け出たのは、多治見十郎でした。彼は同年1月に届け出を提出し、これを受けて学校が開設されたとされています。

聖教社では、英学（正則・変則）、数学、漢字、習字といった多岐にわたる学科が設けられていました。『日本聖公会百年史』にも記されている通り、当初は単に神学を教える機関ではなく、幅広い教養を身につけさせる学校でした。1883年（明治16年）の記録からは、7年制の課程であったことが分かっています。入学資格は満14歳以上20歳までで、学費として束修50銭、授業料月額75銭、教授の月給は250銭という設定でした。多治見はここで英学を教えましたが、担当したのは変則英学（応用英語）であった可能性が高いと考えられています。正則英学（基礎英語）はショーが主に担当し、漢学は田原秀毅（当時42歳）が教えていました。英学の教則には、綴り方、書き方、会話、読解、文法に加え、歴史、地理、物理、植物学、倫理学といった様々な科目が含まれていましたが、使用された教科書は明らかになっていません。

さらに、教育への熱意は女子教育にも向けられました。聖教社開設の翌年、1880年（明治13年）1月には、隣接する芝栄町13番地に聖教社分校女子校が創設されます。この女子校の設立を届け出たのも、多治見十郎でした。ここでは英学、漢学、数学、習字、裁縫といった科目が教えられ、予科3年、本科5年の課程が設けられました。対象は満6歳から20歳までの女子で、当時の水準からするとかなり高度な普通教育が提供されていたと考えられます。この女子校では、アレクサンダー・クロフト・ショーの夫人も教員として記録に残っています。授業料は上等50銭、中等30銭、下等15銭と、課程によって異なっていました。

多治見は教育活動と並行して、日本聖公会の伝道師としても積極的に活動しました。1883年（明治16年）、SPGが進めていた武蔵国（現東京都、埼玉県の一部）の府中、本宿、川越方面への伝道活動において、多治見は今井寿道と共に中心的な役割を果たしました。翌1884年（明治17年）には、多治見と共に伝道にあたった今井が所属する東京・芝の聖アンデレ教会が北多摩地方を伝道区域とし、今井による定期的な訪問伝道が開始されました。多治見と共に初期の伝道を担った今井寿道は、後に日本聖公会の中心的機関である聖公会神学院の初代校長を務めるなど、日本の神学教育史に大きな功績を残した人物です。

このように多治見十郎は、明治初期という変革期において、漢学、英学、洋算といった幅広い知識を身につけ、特に聖教社とその女子分校の設立に関わることで近代教育の普及に貢献しました。また、聖公会の伝道師としても活動し、初期のキリスト教普及にも尽力するなど、教育と信仰の両面から社会に貢献した人物と言えるでしょう。

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