多紀安琢

多紀安琢：幕末を駆け抜けた幕府医官の生涯

多紀安琢（たき あんたく、1824年-1876年）は、江戸時代後期から明治初期にかけて活躍した幕府の医師です。名は元琰（もとえん）、通称を安琢、号を雲従と称しました。医学館総裁を務めた名家・多紀家の分家である矢の倉多紀家の出身で、医学館考証派の重鎮であった多紀元堅を父に持ちます。

安政4年（1857年）、父の死後、家督を相続するとともに奥医師に任命され、同年には法眼に叙任されました。文久元年（1861年）には、本家の多紀元佶や蘭方医の伊東玄朴らとともに法印に昇進し、「養春院」の称号を得ています。

その後、病気により一時的に奥医師の職を離れたものの、元治元年（1864年）には寄合医師から奥医師に復帰。将軍徳川家茂の御台所、和宮親子内親王の主治医を務めるなど、重要な役割を担いました。

慶応2年（1866年）、家茂が大阪城で病に倒れると、多紀安琢は大膳亮弘玄院、遠田澄庵、高島祐庵、浅田宗伯らとともに大阪へ急行するなど、献身的に職務に当たりました。

上野戦争の際には、駕籠で市中を通りかかった際に薩摩藩士に問いただされた際、「当時朝敵であった徳川慶喜の家来である多紀養春院」と名乗り、難を逃れたという逸話も伝わっています。これは、潔さと胆力を示すエピソードとして有名で、山岡鉄舟を彷彿とさせるエピソードと言えるでしょう。

私生活では、相撲を愛好していたと伝えられています。近年では、村上もとかの漫画『JIN-仁-』およびそのテレビドラマ版で、多紀安琢が好角家として描かれており、広く知られるようになりました。ドラマ版では俳優の相島一之が演じています。

多紀安琢の墓所は、東京都北区上中里にある城官寺（東京都指定史跡「多紀桂山一族墓所」）にある可能性がありますが、詳細は不明です。「桂山」は安琢の祖父にあたる多紀元簡の号です。

多紀安琢は、幕末の動乱期に幕府の要職を務め、数々の歴史的出来事を目の当たりにした人物でした。彼の生涯は、激動の時代を生きた幕府医官の生き様を知る上で貴重な資料となっています。医学への貢献のみならず、人となりや逸話なども含め、多角的にその人物像を捉えることで、幕末の歴史をより深く理解することができるでしょう。彼の功績は、歴史の中にしっかりと刻まれています。

参考文献：
森潤三郎『多紀氏の事績』思文閣出版、1931年。

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