夜間飛行 (アルバム)

夜間飛行 (Fly by Night)

1975年2月14日にマーキュリー・レコードからリリースされたラッシュの2作目のスタジオ・アルバム。本作をもって、ラッシュはのちに彼らを特徴づけることになるプログレッシブ・ロックの要素を本格的に導入し、その音楽性を大きく発展させた。また、オリジナル・ドラマーのジョン・ラトジーに代わり、前年夏に加入した新ドラマー兼作詞家のニール・パートをフィーチャーした初のアルバムであり、彼の加入がバンドに大きな変化をもたらした。パートはたちまちラッシュのメイン作詞家となり、その幻想的かつ哲学的なテーマに満ちた歌詞世界は、シンプルなハードロック路線だった前作とは一線を画すものであった。

背景と録音

1974年3月、ギタリストのアレックス・ライフソン、ドラマーのジョン・ラトジー、そしてシンガー兼ベーシストのゲディー・リーからなるラッシュのセカンド・ラインナップは、デビュー・アルバムをリリースした。しかし、その後の4ヶ月間で、ラトジーは糖尿病の合併症から体調を崩し、一時的に活動を休止せざるを得なくなった。代役を立てて活動を続けた後、ラトジーはクラブ公演のために一度復帰したが、ツアー中の健康管理の困難さとメンバー間の音楽性の違いから、最終的に彼が脱退することが最善であるとライフソンとリーは判断した。リーは後に「最初は罪悪感があったが、それが正しいことだと気づいた。彼も私たちも幸せではなかった」と振り返っている。

ラッシュは後任のドラマーを探すため5人のオーディションを行い、その4人目に地元のバンド、J・R・フラッドにいたニール・パートが現れた。3人は、ラトジー在籍中に書かれ、後に本作に収録されることになる楽曲「心の賛美歌 (Anthem)」を演奏した。ライフソンとリーはパートのスタイルに強く惹きつけられ、次にオーディションを受ける予定だった5人目のドラマーに申し訳なさを感じるほどであった。パートはリーの21歳の誕生日である1974年7月29日に正式に加入し、そのわずか2週間後の8月14日には、ペンシルベニア州ピッツバーグのシビック・アリーナで始まったバンド初の全米ツアーに帯同した。このツアーではユーライア・ヒープやマンフレッド・マンの前座を務めた。年末までに、バンドは次作のための新しい楽曲を書き上げていった。

短い休暇を挟み、アルバム『夜間飛行』は1974年12月に録音され、1975年1月にはアメリカとカナダでのツアーの合間を縫ってトロント・サウンド・スタジオでミキシングが行われた。ライフソンによると、録音は約5日間で完了し、ミキシングが終わるとすぐに機材を片付け、1月15日のコンサートのためにウィニペグへ出発したという。本作は、バンドが初めてテリー・ブラウンと共同プロデュースした作品であり、ブラウンはその後1982年のアルバム『シグナルズ (Signals)』までプロデューサーとしてラッシュと深く関わり続けることになる。ライフソンはこのアルバムの楽曲に満足しており、これをバンドの「第二の始まり」と感じていた。一方、リーは、レーベル側が前作のようなシンプルなスタイルを期待していたため、本作の楽曲、特に長尺の「岩山の貂 (By-Tor and the Snow Dog)」に対し、経営陣から難色を示されたことを回想している。

楽曲

ラッシュは『夜間飛行』の各楽曲で、自分たちのソングライティングや演奏における多様な側面を見せることを意図しており、その結果、音楽的に多彩なアルバムが完成した。パートは熱心な読書家であり、バンドの主要な作詞家となった。ライフソンとリーは作曲を好んだため、これは理想的な分業体制となった。『ローリング・ストーン』誌の記事は、この作詞担当の変化こそが、ファースト・アルバムと、より文学的なテーマや引用を含む『夜間飛行』の歌詞スタイルの大きな違いを生んだ要因であると指摘している。「岩山の貂」や「リヴェンデル (Rivendell)」といった楽曲は、ラッシュの音楽にファンタジーのテーマが組み込まれた初期の例である。「心の賛美歌」とタイトル曲「夜間飛行 (Fly by Night)」のオリジナルの手書き歌詞には、最終版では歌われなかった別の歌詞や追加部分が含まれており、後者にはプロローグも存在した。「ベスト・アイ・キャン (Best I Can)」と「イン・ジ・エンド (In the End)」はパート加入以前に書かれた曲で、バンドの最初の北米ツアーで頻繁に演奏されていた。

サイド1

「心の賛美歌」は、ラトジーがまだメンバーだった頃にライフソンとリーによって構想され、以前のラッシュの曲よりも複雑なアレンジが特徴的なヘヴィな楽曲である。パートはこの曲名と歌詞を、ロシア系アメリカ人の作家兼哲学者アイン・ランドによる同名のディストピア小説から着想を得たと述べている。ランドの作品は、後にラッシュの代表作となるアルバム『西暦2112年 (2112)』の歌詞にも大きな影響を与えることになる。
「ビニース、ビトウィーン・アンド・ビハインド (Beneath, Between and Behind)」の歌詞は、ニール・パートがラッシュのために初めて書いたものであり、その後ライフソンとリーがそれに曲をつけた。
8分にも及ぶ「岩山の貂」は、8つの異なるセクションに分かれており、バンドのソングライティングが発展した重要なポイントを示す楽曲である。最初のパート「地獄の経外書 (At the Tobes of Hades)」に含まれる歌詞の一節は、何年経ってもその意味がメンバー自身にも謎のままであったが、パートはこのミステリアスさを気に入っていたという。彼はそれが友人の父親の口癖「ハデスのトーベスよりも熱いよ！」に由来することを明かしている。この曲は、ラッシュのマネージャーであるレイ・ダニエルズが飼っていた、照明担当のハワード・アンガーライダーが「バイター」と「スノー・ドッグ」と名付けた2匹の犬からインスピレーションを得た善と悪についてのファンタジー物語である。リーは後に、この曲が「ある日、2匹の犬についての歌を想像してハイになっていたに違いない。そしてニールが思い切ってそれを書いた」ことから生まれ、2匹のキャラクターが戦い、スノー・ドッグが勝利するという内容になったと語っている。彼は後にこの曲を「制御不能になったジョーク」だと捉えている。オリジナルのレコード盤では、最後のチャイム音がエンドレスグルーヴ（ロックされた溝）に続いており、手動のレコードプレイヤーでは無限に再生される仕組みだった。次作『鋼の抱擁 (Caress of Steel)』（1975年）に収録された楽曲「新しい日 (The Necromancer)」は、パートによって「岩山の貂」の「神話的な続編」と評された。

サイド2

タイトル曲「夜間飛行」は、ニール・パートがラッシュ加入前に、カナダから若手ミュージシャンとしてロンドンに移住した際の経験が基になっている。
「メイキング・メモリーズ (Making Memories)」は、バンドがドライブ中に道を間違えた後に生まれた楽曲である。ライフソンがアコースティック・ギターで曲作りを始め、スタジオ入りするまでには完全にアレンジが完成していた。
「リヴェンデル」はゆっくりとしたバラードであり、著名な作家J・R・R・トールキンのファンタジー大作『指輪物語 (The Lord of the Rings)』に登場する架空のエルフの居住地にちなんで名付けられた。

リリースと反応

アルバム『夜間飛行』は1975年2月にリリースされ、カナダのチャートで最高9位、アメリカのBillboard 200では最高113位を記録した。タイトル曲は1975年5月にシングルとしてカットされ、カナダで45位、アメリカで88位にランクインした。1975年10月までには、アルバムは11万枚以上の売上を記録した。初期プレス盤のヴァイナルには、メンバーの写真とニール・パートの手書き歌詞が印刷されたインナー・スリーブが封入されていた。

ラッシュはこのアルバムをサポートするため、1975年2月から6月にかけて70都市以上を巡るアメリカとカナダのツアーを敢行し、キッスやエアロスミスなどの著名なバンドの前座を務めた。カナダ国内では初めて大規模なヘッドライナー公演を行い、トロントのマッセイ・ホールでのコンサートは4,000枚のチケットが完売する盛況ぶりであった。

アルバムリリース当初の評価は賛否が分かれた。「ステートヴィル・レコード＆ランドマーク」紙の批評家パム・サイモンは、本作を「二流のアコースティック音楽とパワー・トリオ形式の時代遅れなコンセプトがほぼ均等に混ざった、奇妙な統合失調症的なアルバム」と評した。彼女は、彼らのヘヴィな楽曲が「壮大なハーモニーを伴う非常に大仰なソングライティングに傾倒する傾向がある」と批判し、その例として「特にひどい」と述べた「岩山の貂」を挙げた。サイモンはライフソンの「有能すぎる」ギタープレイとパートのドラミングは称賛したが、リーのヴォーカルは「平凡」でロバート・プラントに似すぎていると批判した。一方、『RPMウィークリー』誌のマイケル・ドルギーは、本作を「騒々しくも繊細な、ボールブラスター・ロックンロールへの冒険」と評している。

後年の評価では、オールミュージックのグレッグ・プラートは、本作がデビュー作ほどシンプルではなく、バンドのベストアルバムではないとしつつも、バンドの新しい方向性を示す重要な作品であると位置づけている。『アルティメット・クラシック・ロック』誌は、本作を「1970年代ロック・アルバムのトップ100」の一つに選出し、「ニール・パートは単なる新しいドラマーではなく、彼らを偉大な地位に押し上げた火花だった」と評した。

再発

『夜間飛行』は何度かリマスターされて再発されている。1997年に最初のリマスター盤が登場した。2011年にはアンディ・ヴァンデットによって再度リマスターされ、マーキュリー時代の全ラッシュ作品を収めた3枚組ボックスセット「Sector」の一部としてリリースされた。「Sector 1」セットには、標準的なCDに加え、5.1chサラウンド・サウンドにリミックスされたオーディオDVDも収録された。また、本作は、1978年にアンセム・レコードからリリースされたコンピレーション盤『Archives』に、デビュー作や『鋼の抱擁』と共に収録されている。公式プロモーション「12ヶ月のラッシュ」の一環として、2015年にはアビー・ロード・スタジオでショーン・マギーによってヴァイナル向けにリマスタリングされた。このリリースのために作成された高解像度マスター音源は、いくつかのハイレゾ・オーディオ配信ストアでも24ビット/96kHzおよび24ビット/192kHzフォーマットで入手可能となった。これらのマスターは、1997年版や2011年版の「Sector」リマスターと比較して、ダイナミック・レンジの圧縮が大幅に低くなっているという特徴がある。

収録曲

特記なき限り、作詞はニール・パートによる。作曲はゲディー・リーとアレックス・ライフソンによる。

「心の賛美歌 (Anthem)」
「ビニース、ビトウィーン・アンド・ビハインド (Beneath, Between and Behind)」
「ベスト・アイ・キャン (Best I Can)」 (作詞: ゲディー・リー)
「バイ・トーア・アンド・ザ・スノー・ドッグ (岩山の貂) (By-Tor and the Snow Dog)」
「フライ・バイ・ナイト (夜間飛行) (Fly by Night)」
「イン・ジ・エンド (In the End)」 (作詞: ゲディー・リー)
「メイキング・メモリーズ (Making Memories)」
「リヴェンデル (Rivendell)」

パーソネル

ゲディー・リー – ボーカル、ベース、クラシック・ギター
アレックス・ライフソン – ギター
ニール・パート – ドラム、パーカッション

制作陣

ラッシュ – プロダクション、アレンジ、カヴァー・コンセプト
テリー・ブラウン – プロデュース、エンジニア、アレンジ
ジョン・ウォロシュク – アシスタント・エンジニア
ギルバート・コング – マスタリング（マスターディスク、ニューヨーク）
エラルド・カルガーティ – 表紙絵
AGIシカゴ – アート・ディレクション
ジム・ラドウィグ – アート・ディレクション
ジョー・コトレバ – デザイン
リチャード・フェグリー – 写真
ハワード・"ハーンズ"・アンガーライダー – バイ・トーアのキャラクター着想源
ムーン・レコード – エグゼクティヴ・プロデューサー

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