夢の樹 (デュティユー)

『夢の樹』（L'arbre des Songes）

『夢の樹』（L'arbre des Songes ）は、20世紀フランスを代表する作曲家、アンリ・デュティユー（Henri Dutilleux, 1916-2017）によって書かれたヴァイオリン協奏曲です。

作曲の背景と初演

本作品は1983年から1985年にかけて創作されました。この協奏曲を着想した当初、デュティユーは世界的に著名なヴァイオリニスト、アイザック・スターン（Isaac Stern, 1920-2001）の60歳の誕生日（1980年）を記念し、彼に敬意を表して献呈する意図を持って作曲を進めました。しかし、作品の完成は当初の計画よりも遅れ、スターンの還暦から数年を経た1985年までかかりました。

作品の歴史的な初演は、完成から間もない1985年11月5日に行われました。舞台となったのは、パリのシャンゼリゼ劇場です。独奏ヴァイオリンは、この作品を献呈されたスターン氏自身が務めました。オーケストラはフランス国立管弦楽団、指揮はロリン・マゼール（Lorin Maazel, 1930-2014）が担当し、当時を代表する名手たちの共演によって初演の成功を収めました。

デュティユーの協奏的作品群

アンリ・デュティユーは、限られた数の作品ながら、そのいずれもが高い評価を受けています。協奏曲のジャンルにおいても、この『夢の樹』は彼の重要な作品の一つに位置づけられます。彼の主要な協奏的作品としては、本曲の他に、チェロ協奏曲『はるかなる遠い国へ』（Tout un monde lointain… 、1970年）や、ヴァイオリンと管弦楽のための夜想曲『一つの和音の上で』（sur le même accord、2002年）が知られています。これらの作品は、いずれも独奏楽器の特性を深く追求しつつ、色彩豊かで精緻な管弦楽との対話を展開しており、『夢の樹』もそうしたデュティユー独自の音楽語法を体現しています。

楽曲構成

『夢の樹』の形式は、伝統的な協奏曲の楽章構成とは異なり、より自由で流動的な構造を持っています。全体を俯瞰すると、大きく四つの主要な部分によって構成されていると言えます。しかし、それぞれの主要な部分の間には、性格の異なる「間奏」が巧みに挟み込まれており、これを細かく見ると七つの明確に分かれたセクションから成り立っていると解釈できます。この独特な構造が、作品全体に詩的で幻想的な雰囲気をもたらしています。

七つの部分はおおよそ以下のように分けられます。

1. リーブルマン（Librement）：自由に
2. 間奏1
3. ヴィフ（Vif）：快活に
4. 間奏2
5. ラン（Lent）：ゆっくりと
6. 間奏3
7. ラルジュ・エ・アニメ（Large et animé）：ゆとりを持って生き生きと

各セクションには、その性格を示すフランス語の指示が付されており、「自由に」「快活に」「ゆっくりと」「ゆとりを持って生き生きと」といった多様な表情が次々と現れ、夢を見るような変化に富んだ音楽が展開されます。全曲の演奏時間はおよそ23分程度です。

この作品は、ヴァイオリンの超絶技巧を披露する場面と、内省的で叙情的な歌が共存しており、スターンのような名手のために書かれた難易度の高い作品であると同時に、聴き手に深い感銘を与えるデュティユー晩年の傑作として、今日でも頻繁に演奏されています。

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