アンリ・デュティユー

アンリ・デュティユー（Henri Dutilleux、1916年 1月22日 - 2013年 5月22日）は、フランスを代表する作曲家の一人です。彼は、フランス6人組よりやや若い世代にあたり、20世紀後半から21世紀初頭にかけて、その独自の音楽世界を展開しました。彼の作品は、時にデュティーユと表記されることもあります。

生涯とキャリア

フランス西部のメーヌ＝エ＝ロワール県にある都市、アンジェに生を受けたデュティユーは、1933年から1938年にかけてパリ音楽院で学びました。ジャン・ギャロン、ノエル・ギャロン、フィリップ・ゴーベール、アンリ・ビュッセル、モーリス・エマニュエルといった名高い教授陣に師事し、作曲の基礎を築きました。

1938年には、カンタータ『王の指輪』によって名誉あるローマ賞を受賞しましたが、第二次世界大戦の勃発により、わずか数カ月でパリへと帰還せざるを得ませんでした。戦中から戦後にかけての1943年から1963年まで、彼はラジオ放送局のために多くの楽曲を作曲し、実用音楽の分野でも活躍しました。

私生活では、1946年にピアニストのジュヌヴィエーヴ・ジョワ（1919年 - 2009年）と結婚し、彼女は後に彼のピアノ作品の初演も行っています。

教育者としても精力的に活動し、1961年からはエコールノルマル音楽院で教鞭を執り、1970年には母校であるパリ音楽院に客員教授として招かれ、後進の指導にあたりました。

晩年まで国際的な評価を受け続け、1994年には第6回高松宮殿下記念世界文化賞音楽部門を、2005年にはエルンスト・フォン・ジーメンス音楽賞を受賞するなど、数々の栄誉に輝きました。

芸術的な背景

デュティユーの芸術的な素養は、彼の家族にも深く根差していました。父方の曽祖父であるコンスタン・デュティユーは画家であり、ウジェーヌ・ドラクロワの親友で、カミーユ・コローの作品の収集家としても知られていました。コンスタンはバルビゾン派から影響を受けた風景画などを残しており、アンリ・デュティユーは1999年、この曽祖父の作品や、彼が集めたドラクロワのコレクション、書簡類をルーヴル美術館やフランス国立図書館に寄贈しています。

また、母方の祖父であるジュリアン・コズルも作曲家でした。彼はストラスブール音楽院で教授を務め、ガブリエル・フォーレと親交があり、アルベール・ルーセルの教師でもありました。このような芸術家を輩出した家系に生まれたことは、デュティユーの音楽観にも少なからず影響を与えたと考えられます。

音楽スタイルと主要作品

デュティユーの音楽は、フランス音楽の伝統を踏まえつつも、古典的な形式を革新的に解釈し、独自の音響空間と響きを追求した点が特徴です。彼は調性に囚われず、音程関係から導かれる「自由な無調性」を探求し、その精緻な管弦楽法は高く評価されています。

彼の主要作品には以下のようなものがあります。

交響曲

交響曲第1番 (1950年): パッサカリア楽章など古典的形式を基盤としつつ、自由な無調性を探求。
交響曲第2番「ル・ドゥーブル」 (1959年): 大管弦楽と、その中の首席奏者による小編成のアンサンブルとの対比が特徴的な二重編成の作品。

管弦楽曲

メタボール (Métaboles, 1964年): 作曲家自身を代表する一作。従来の変奏曲の枠を超え、主題の自由な変容を目指した作品。
音色、空間、運動 (Timbres, espace, mouvement, 1978年): フィンセント・ファン・ゴッホの絵画『星月夜』から着想を得た作品。
瞬間の神秘 (Mystère de l'instant, 1989年): 24の弦楽器、ツィンバロム、打楽器のために書かれた作品。
時の影 (The Shadows of Time, 1997年): 指揮者である小澤征爾の委嘱により作曲。管弦楽に加えて3人の少年または少女の声を伴う。
コレスポンダンス（往復書簡） (Correspondances, 2003年): ソプラノとオーケストラのための作品。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と指揮者サイモン・ラトルによる委嘱。リルケやゴッホなどの書簡に基づいている。
時間大時計 (Le Temps L'horloge, 2007年): ソプラノと管弦楽のための作品。2007年のサイトウ・キネン・フェスティバルで小澤征爾の指揮により世界初演された。

協奏曲

チェロ協奏曲「遥かなる遠い国へ」 (Tout un monde lointain..., 1970年)
ヴァイオリン協奏曲「夢の樹」 (L'arbre des songes, 1985年)
ヴァイオリンと管弦楽のための夜想曲「同じ和音の上で」 (Sur le même accord, 2002年): ヴァイオリニスト、アンネ＝ゾフィー・ムターの委嘱作品。

室内楽曲

フルートとピアノのためのソナチネ (Sonatine pour flûte et piano, 1943年)
弦楽四重奏「夜はかくの如し」 (Ainsi la nuit, 1976年)
引用 (Les Citations, 1990年): オーボエ、クラヴサン、コントラバス、打楽器という独特な編成の作品。

器楽曲

ピアノソナタ (Sonate pour piano, 1947年): 妻のジュヌヴィエーヴ・ジョワが初演。
SACHERの名による3つのストロフ (Trois Strophes sur le nom de SACHER pour violincelle solo, 1976年): チェロ独奏曲。パウル・ザッハーの70歳の誕生日を記念し、著名なチェリストであるムスティスラフ・ロストロポーヴィチが複数の作曲家に委嘱した作品群の一つ。
* 3つの前奏曲 (Preludes pour piano, 1988年): 「暗がりと静寂から」「1つの和音で」「対比の戯れ」の3曲からなる。

アンリ・デュティユーは、その生涯にわたり、伝統に根差しながらも常に新たな表現を追求し続けました。彼の作品は、豊かな音色と構築美、そして深い叙情性を兼ね備え、20世紀後半から21世紀初頭のフランス音楽において、重要な地位を確立しています。

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