大分交通国東線

大分交通国東線は、かつて大分県杵築市にある杵築駅から、国東半島の東端に位置する旧国東町（現在の国東市）の国東駅まで、地域の人々を乗せて走っていた鉄道路線です。

地域に根ざした運行

この路線は、駅や停留所が非常に短い間隔で設けられており、沿線の集落に暮らす人々の暮らしに深く溶け込んでいました。国東半島の地形は、中央にある両子山から海に向かって多くの谷が刻まれ、その谷筋に沿って集落が点在しています。そのため、内陸から海岸部へ出るのは比較的容易でしたが、隣接する谷筋への移動は大変不便でした。国東線、特に安岐駅以北では、この地形を考慮し、主要な谷ごとに必ず駅か停留所が配置されていました。

季節に応じて運行される臨時列車も特徴的でした。潮干狩りのシーズンには「貝掘り列車」、八幡奈多宮の花見の時期には「花見列車」が運行され、多くの行楽客を運びました。また、地元の特産品であるみかんや、畳表の原料となる七島イ（しっとうい）の輸送にも利用されるなど、様々な形で地域社会に貢献し、人々に長く愛されていました。

運行上の苦労：難所の急坂

国東線にはいくつかの急勾配区間があり、運行には苦労が伴いました。八坂停留所から祇園駅にかけての「千光寺の坂」、祇園駅から若宮臨時停留所にかけての「祇園の坂」、そして志口停留所から安岐駅までの「塩屋の坂」といった坂道は、いずれも勾配がきつく距離も長かったため、乗客が多い時には一度で登りきれず、後退してしまうことも珍しくありませんでした。そのような状況では、一度坂の下まで戻り、勢いをつけて全速力で駆け上がる必要がありました。それでも登りきれない時には、乗客に一旦列車から降りて坂の間だけ歩いてもらうこともありました。ひどい時には、乗客が後ろから車両を押して坂を登ったというエピソードも残っています。これは特に、戦中戦後の燃料事情が悪い時期には日常的な光景だったといいます。

杵築高校生の通学をはじめ、地域住民にとって国東線は欠かせない交通手段でした。当時、国東半島は大分県内でも特に道路事情が悪く、「陸の孤島」とさえ呼ばれるほどでした。沿岸部を通る現在の国道213号は、国東線の廃線跡地を利用するなどして改良が進みましたが、当時は曲がりくねった未舗装の狭い道で、自動車での移動はあまり実用的ではありませんでした。バス路線も存在しましたが、現在と比較すると移動に非常に時間がかかりました。

開業までの道のり

国東線の歴史は、地元の熱意から始まりました。1912年（大正元年）に地元の有志が杵築から富来までの鉄道敷設を申請し、翌年には免許が下付、1914年（大正3年）には国東鉄道株式会社が設立されました。しかし、初代社長を含む経営陣が不正行為で逮捕されるという事態が発生し、会社の意思決定が滞り、工事許可が得られずに最初の免許は失効してしまいます。その後、再度の免許取得、用地買収を経て1917年（大正6年）に工事が着手されましたが、第一次世界大戦中の人手不足や資金難により工事は遅延。会社は債務に苦しみ、線路の資材を売却したり社員を解雇したりと、倒産寸前の状態に陥ります。当初762mm軌間で計画されていましたが、将来的に富来から山口県徳山市を結ぶ連絡船事業と連携し、国鉄との連絡を考慮して、工事着手前の1918年（大正7年）に1067mm軌間への変更が決定されました。

窮地の国東鉄道を救ったのは、京阪電気鉄道の太田光凞でした。1921年（大正10年）に社長に就任した太田は、翌年の株主総会で資本金の減資と増資を決議し、繰越欠損金の償却や建設費の整理を行いました。また、債権者への減額依頼や自身の資金投入による債務弁済など、積極的な財務改善を実施。その結果、1922年（大正11年）7月、ようやく杵築-杵築町間が開業に漕ぎ着けました。太田は1925年に社長を退任しましたが、その後も取締役として会社の経営に関与しました。

経営の安定と廃線

みかんや七島イの栽培が盛んだった時期には、これらの輸送需要に支えられ、国東線の経営は順調でした。富来までの延伸計画も具体化し、用地の確保も進められていました。さらに、将来的には宇佐参宮線と接続し、国東半島を一周する壮大な鉄道構想も存在しましたが、これらの計画は諸般の事情により実現には至りませんでした。富来方面へ確保されていた用地は、現在では痕跡を確認することが困難なほど荒廃しています。

しかし、順調だった経営は暗転します。1961年（昭和36年）10月26日の集中豪雨により、安岐川橋梁をはじめとする多くの鉄橋が流失。海岸沿いを走る区間では高波による線路の歪み、観音崎の切通しが埋没するなど、路線全体に甚大な被害が発生しました。特に鉄橋が多かった安岐-武蔵間は被害が大きく、長期にわたって運休を余儀なくされ、バスによる代行輸送が行われました。復旧が進まない中、復旧していた武蔵-国東間とともに、この区間は1964年（昭和39年）に廃止となりました。残る杵築-安岐間は仮設の鉄橋などを設置して運行を継続しましたが、自動車の普及（モータリゼーション）が進む時代の流れに抗えず、1966年（昭和41年）4月1日に全線が廃止されました。皮肉なことに、全線廃止のわずか1ヶ月後には、大分空港が大分市内から国東線沿線であった安岐町・武蔵町へ移転することが正式に発表されています。

車両と廃線後の痕跡

国東線では、ディーゼル機関車牽引の列車や、さまざまな種類の気動車、客車、貨車などが使用されていました。特に気動車は、「ちどり」「しおかぜ」「なぎさ」「かもめ」「はましぎ」「しらさぎ」「さざなみ」といった愛称が付けられ、親しまれていました。

廃線となった国東線の路盤跡の多くは、現在、国道213号線として利用されています。また、一部の停留所の待合室は今もバスの待合所として活用されており、JR杵築駅のホームには国東線への乗り換えを案内する古い看板が残されているなど、かつての面影を偲ばせます。旧杵築町駅（後に杵築市駅）の跡地は現在バスターミナルとなっていますが、地元の人は今でも「市駅」と呼ぶことが多く、これは国東鉄道時代の名残です。同様にJR杵築駅も「本駅」と呼ばれることがあります。

地域住民の生活を支え、様々なエピソードを残した大分交通国東線は、その役割を終えましたが、その歴史は今も人々の記憶の中に、そして形を変えた道の姿として残っています。

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