大山道広

大山道広（おおやまみちひろ、1938年 9月18日 - 2017年 5月2日）は、日本の経済学界において、特に国際経済学、とりわけ国際貿易論の分野で先駆的な業績を挙げた人物です。慶應義塾大学の教員として長年教鞭を執り、名誉教授の称号を得ました。

経歴

1938年、東京都に生を受けた大山氏は、1961年に慶應義塾大学経済学部を卒業後、同大学大学院経済学研究科に進みました。博士課程を単位取得退学した後、1968年にはフルブライト奨学金の支援を受け、アメリカ合衆国のロチェスター大学に留学。同大学で経済学博士号を取得し、1972年に帰国しました。同年、母校である慶應義塾大学経済学部に助教授として着任し、1980年には教授に昇任。教育と研究に情熱を注ぎ、2004年に定年を迎え、名誉教授となりました。その後、東洋大学でも教壇に立ち、2009年に定年退職しました。

学術界における貢献も顕著で、1998年から1999年まで日本経済学会の会長を、2002年から2004年までは日本国際経済学会の会長を務めました。また、国内外の主要な経済学術誌、例えば『Journal of the Japanese and International Economies』の編集委員や、『Keio Economic Studies』、『International Economic Review』、『Pacific Economic Review』の副編集者などを歴任し、学術コミュニケーションの活性化に貢献しました。ニューサウスウェールズ大学、ミネソタ大学、テルアビブ大学など、海外の大学でも在外研究に励み、国際的な学術交流を深めました。

研究業績

大山氏の研究は、国際経済学、特に国際貿易論の分野において多大な影響を与えました。その代表的な成果として、1972年に発表された論文に示された大山＝ケンプ＝ワンの定理が挙げられます。この定理は、関税同盟を形成した加盟国が、非加盟国との貿易水準を関税同盟結成以前の状態に維持できるような関税率が存在することを示したものであり、国際経済学における関税同盟理論の基礎的な成果として、広く引用され、世界的にその名を知られています。アビナッシュ・ディキシットやビクター・ノーマンといった著名な経済学者の著作でも取り上げられるなど、その重要性が認められています。

国際貿易理論以外にも、興味深い研究を展開しました。例えば、「人間関係の経済学」という視点から、人間関係を経済モデルに組み込む試みを行い、「仲間消費」という概念をモデル化し、効用関数に反映させる分析を行いました。インターネットの普及がこのような仲間形成を促進するという考察も示しています。

自身の研究姿勢については、「伝統理論の継承」を重んじつつ、地道な努力を重ねることで新たな知見を探求する道を歩んだと述べています。また、国内外での研究成果の発表に積極的に取り組み、同時に、自身の所属する大学の経済学会の活動にも深く関わることを重視しました。

多数の査読付き学術論文を英文・和文で発表し、その数は英文30篇、和文33編に上ります。また、7冊の著書（共著、編著含む）と4冊の翻訳書を世に送り出しました。

教育・人物

大学時代、大山氏は山本登氏の世界経済論の講義に深く魅了され、山本氏のゼミで学びました。卒業論文では、援助問題を歴史的背景から捉えようとするアプローチを採用し、山本氏の手法を応用したと自身で語っています。また、山本ゼミの先輩である矢内原勝氏からも、学問的な面で多大な恩恵を受けたと述懐しています。同期にも後に著名な研究者となる人物がいました。

ロチェスター大学留学中は、ロナルド・ジョーンズ氏やライオネル・マッケンジー氏といった、当時の経済学界を牽引する研究者たちから大きな刺激を受けました。

教育者として、大山氏は慶應義塾大学経済学部の教育研究環境の改善に熱心に取り組みました。特に、教員の研究水準を高めるためには、授業負担（大山氏の言葉では「ティーチング・ロード」）を軽減することが不可欠であると考え、教員数の増加や、複数の教員による共同講義の導入などを提言しました。さらに、学生が1・2年次に幅広い分野を学んだ上で専門分野を選択できるよう、また教員配置の効率化を図るために、文・経・法・商といった学部間の壁を取り払うという、大学組織の抜本的な改革も主張していました。また、国際的な研究・教育交流の重要性を強調し、特に大学院教育の質の向上に力を入れるべきだと訴えました。

講義においては、現代の経済問題との関連性を重視し、学生からの質問を歓迎する双方向的なスタイルを採りました。ティーチングアシスタント（TA）制度の活用も積極的に行いました。教育者としての情熱は、多くの後継者を育てることにつながり、大山氏の門下からは、慶應義塾大学、上智大学、筑波大学、一橋大学など、国内の主要な大学で活躍する経済学者が多数輩出されています。

著作・翻訳

大山氏は国際経済学を中心に数多くの著作を執筆・編集しました。主な著書として、伊藤元重氏との共著『国際貿易』（岩波書店）、編著として『国際経済理論の地平』（東洋経済新報社）などがあります。また、ルーディガー・ドーンブッシュ、ポール・クルーグマンといった国際的な経済学者の主要な著作の翻訳も数多く手掛け、日本の研究者や学生に最新の理論動向を紹介しました。クルーグマン氏の『ミクロ経済学』や『マクロ経済学』の翻訳は、日本の経済学教育に大きな影響を与えました。

逝去

2017年 5月2日、78歳で逝去しました。同年には、同じく日本の国際経済学を牽引した一橋大学の池間誠氏も逝去しており、2019年には両氏の功績を称え追悼するためのコンファレンスが開催されました。このコンファレンスでの発表論文は、日本国際経済学会の学会誌『The International Economy』に追悼巻としてまとめられ、その研究業績が改めて称えられています。

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