大明宝鈔

大明宝鈔とは

大明宝鈔（だいみんほうしょう）は、中国の明王朝が発行した紙幣を指します。1375年から発行されたこの紙幣は、その巨大なサイズから歴史上最大の紙幣とされています。明王朝の貨幣制度は、前王朝である元の制度を部分的に引き継ぎましたが、統一的な貨幣政策は存在しませんでした。小額取引には銅銭が、高額取引には宝鈔が用いられました。

発行前の状況

明王朝が成立する前、元王朝では交鈔という紙幣が流通していました。元の支配が崩壊すると、各地で独立勢力が台頭し、その中の一人である朱元璋が呉（後の明）を建国しました。当初、明政府は独自の紙幣を発行せず、銅銭の発行に注力しました。南京に宝源局を設立し、1361年に大中通宝を発行し、私鋳を禁じました。当時の混乱期には米価が高騰していましたが、政府は公定価格を低く設定することで物価を安定させようとしました。また、貨幣の交換比率は元朝時代の単位を引き継ぎ、交鈔の流通を維持することで経済の混乱を最小限に抑えることを目指しました。

宝鈔の発行開始

洪武帝として即位した朱元璋は、1374年に宝鈔を発行する組織である宝鈔提挙司を設立し、1375年に大明通行宝鈔を発行しました。宝鈔は偽造が困難である点が評価され、価値を維持するために様々な政策が実施されました。具体的には、偽造者の厳罰化、宝鈔と銅銭、銀、金の交換レートの設定、宝鈔の種類の区分、民間での金銀使用の禁止、商業税の納付比率の設定などです。これらの政策は、元から続いていた交鈔を宝鈔に切り替えることを目的としていました。

宝鈔の発行額は明確な記録がありませんが、洪武帝の治世後半には年間500万から1000万錠と推定されています。発行された宝鈔は、当初は軍人への賞賜として、後に臨時的な支出のために使用されました。これは、元の交鈔が経常的な財政のために発行されたのとは異なる点です。

明の貨幣における位置

宝鈔は高額取引に、銅銭は小額取引に使用されることが期待されましたが、実際にはどちらも発行額が少なく、発行ペースも断続的であったため、十分に機能しませんでした。銅の不足や、明の財政が実物経済に重点を置いていたことも影響しました。15世紀前半には、銀錠（銀貨）が支払いや流通の中心となり、布や米も高額取引に用いられました。

価値の下落

紙幣は発行が容易な反面、価値を維持するための管理が重要です。明政府は宝鈔の価値を維持する政策を十分に実施せず、洪武帝の時代から価値の下落が始まりました。宝鈔の価値は急速に下落し、民間での銅銭に対する価値も大きく低下しました。この状況を改善するために、破損した宝鈔を新札と交換する倒鈔法も導入されましたが、制度の運用が不十分で、二重価格の問題が発生しました。

明政府は、銅銭の発行停止や金銀使用の禁止を試みましたが、銀の使用は止まらず、宝鈔の価値はさらに下落しました。首都を北京に遷都する費用を調達するために宝鈔を増発したことで、その価値はさらに不安定になりました。宣徳帝の時代には、運河に関所を設けて宝鈔で船料を徴収するなど再建が試みられましたが、効果はありませんでした。

終了・影響

宝鈔に関する最後の記述は、1489年に宝鈔の売買を禁じる法令でした。これは、宝鈔が骨董品として取引されることを防ぐ目的だったと推測されています。国外からの銀の流入は、明の貨幣制度を大きく変え、銀本位制である一条鞭法を定めることとなりました。ポルトガルやスペインとの貿易を通じて、大量の銀が中国に流入しました。

明の次の王朝である清は、明の紙幣政策の失敗を教訓として、紙幣を発行しませんでした。民間では、金融業者が発行する銭票が流通しました。清政府が紙幣を発行するのは、アヘン戦争や太平天国の乱などの戦乱で歳入が不足した1853年のことでした。

製法・形状

宝鈔は、藁と桑の樹皮を原料とした紙で作られました。用紙は青みがかった灰色で、厚さが均一ではありませんでした。印刷は銅板で一色刷りであり、最上部に「大明通行寳鈔」の文字、中央に額面金額の数字と銅銭の束、枠には龍の模様が描かれていました。下部には発行機関や偽造処罰に関する文言が記されていました。寸法は縦338ミリ、横220ミリで、歴史上最大の紙幣とされています。

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